鳳凰座の転入星②
私は桜丘妃姫!
みんなからヒキちゃんって呼ばれているよ!
コォッケっコッコオォぉぉおオッ!!!
町中に響き渡るニワトリの鳴き声。
ちょうど7時、それは皆んなが目を覚ます合図。
まだちょっとだけ暗いけど、朝だ!
そして私は今、家を出る!
家から学校までの道は商店街と長い上り坂とシンプル!
幸いにも私は運動神経はそこそこ良い方だから、長距離も坂道も大丈夫だ!
ひとつ目の大きくて真っ赤な鳥居の下をくぐり抜け、商店街という名のシャッター通りを3分で駆け抜けて、ふたつ目の鳥居も突破!
そして見上げる程ある地獄の坂道!
一気に行くよ!
日に日に冷たくなる風に耐え、息を切らせながら土とコンクリートしか無い丘の上にある学校を目指して坂を駆け上がっていく!
制服のスカートが風に舞い上がり、前髪が乱れて口の中に入り込むけど、私は足を止めずにゴールを目指す!
目の前に茶色い煉瓦の壁と黒い鉄のアーチ、ゴールである校門!
昨日は滑り込みをしたけど、今日はスキップスキップらんらんらんっと余裕で潜り抜ける!
今日の私はいつもより早く学校に着けたよ!
いつもギリギリに登校していた私だけど、私だって皆と同じ生徒だから、皆と同じ事をやらなくっちゃ!
心の中で歓声が沸き起こり、自分を褒め称えた!
砂だらけの小さな校庭を歩き、狭い玄関を1段上がると広くて長い廊下。
どれだけお天気な日でも1階の廊下はずっと陽が当たらないから、凄く寒くて思わず身震いしちゃった!
直ぐそこにある階段を上がろうとしたその時
「おはようございます、桜丘さん。」
後ろから聞いた事のある凛とした女性の声がして、ササッと右側から後ろへと振り返る。
黒い革靴に真っ黒のタイツ、脚は長く私より背が少し高めで、制服は黒いリボンまでもがシワひとつなく汚れもなくて、自然のモカブラウンな髪は歪みのない団子ヘアにまとめられていてキッチリとしている。
目は茶色でややツリ目の上に薄くてフレームのない眼鏡をかけているけど、思っていたほど冷たく厳しそうでは無く、知的なお姉さんって感じがする。
生徒会長の黒白さんだ!
「おはようございます、黒白さん!」
私は大きな声で元気に挨拶する。
すると、生徒会長は目を細めて微笑んでくれた。
昨夕はちょっと素っ気無い感じだったから、その優しい笑顔に心がホッと安らいだ。
「今日は早くいらしたのですね、良い事です。」
生徒会長は私の直ぐ近くまで歩み寄る。
精巧な自動人形みたいに規則正しく等間隔に歩く姿からは自信に満ちた眩しいオーラが漂っているように見える。
私は少し緊張して心臓がドキドキと高鳴る。
何でだろう、同じ女子で生徒会長なのに、ドキドキが止まらない!
こ、これが青春というやつなのか!?
私も彼女に負けないように背筋を伸ばして胸を張って立ち振る舞おうとしたら、ついつい表情が固くなって厳つくなっちゃった。
そんな私に気にせず生徒会長は穏やかな表情で口を開いた。
「朝礼までまだ時間があります。保健室の清掃をお願いしても宜しいですか?」
生徒会長が私に頼み事を?
私は反射的に目をまん丸にして驚いてしまったけど、それを取り払おうように反射的にコクコクと首を縦に頷いた。
「はい!」
私は喜んで返事をする。
だって生徒会長からお願いされるなんて初めてだもん!
生徒会長は眼鏡がほんの少し浮き上がるぐらい口角を上げて喜んでくれた。
「では、お願いしますね。」
そう言って生徒会長は頷くと私の左横を通り過ぎ、私がさっきまで上がろうとした階段を上って行く。
優雅な雰囲気を漂わせる足取りで階段を上がる姿に私はじっと見送っていたけど、折り返し階段に差し掛かったところで見えなくなっちゃった。
一体何処に行ったんだろう?
ちょっと気になったけど階段を登るのは止めて、彼女の指示通り1階奥の保健室に向かう事にした。
昨日も保健室に行ったんだっけ。
でも、今日は昨日とは違う。
だって…
生徒会長に褒められたぁ〜!
超ウレピーマン!!
嬉しい気持ちが胸に溢れる!
生徒会長に褒められた幸せな瞬間を心に描きながら、保健室へ向かうために廊下を弾んで歩く。
実感出来るぐらい足取りは軽く、顔にふにゃあとニヤけた笑顔が浮かんでいる事を感じる!
胸の高鳴りが更に増していって、それはオーケストラのように盛大に奏でられていく!
あちこちから歓声と拍手が聞こえるような気がする!
仄暗い廊下が眩しいレッドカーペットのように見える!
自分が役立つ事を期待され、他の人々の為に尽くす事が出来る喜びが私を後押しして、それが原動力となり踊り弾んで歩かせる!
廊下を進む先には、掃除予定の保健室が黄金に輝いて見えてくる!
保健室の入口前には何人か生徒が集まっていた。
女の子が3人、男の子が2人、合計5人。
皆がそれぞれ向かい合ってお話をしているみたい。
「みんなぁ、おはようっ!」
私は右腕を上げて左右に大きく振りながら駆け寄りながら挨拶をした。
皆が一斉に振り向き、にこやかに挨拶を返してくれる。
そう思ってた。
「あぁら、トクタイセイ様がお出でになったわよぉ!」
最初に声をあげたのは、長い黒髪を左肩の位置に束ねて怖い目付きの女の子だった。
「クフフ、昨夜はお楽しみだったようですね。」
次に声を出したのは背がヒョロっとして灰色のクシャクシャ髪をした暗い顔の男の子。
「野蛮デスわ、もう少し優雅に出来ませんの?」
今度は緩く内側に巻いた焦げ茶色なボブヘアの眠そうな顔の女の子。
「後片付けぐらいひとりでやれよ!」
大声をあげたのは昨日教室で私を殴ろうとしたクシャクシャな鶏冠頭の金髪に青い吊り目の男の子。
「そうよ、そうよ!」
首を何度も縦に振りながら便乗するのは横髪だけを三つ編みにした長い茶色い髪に茶色い垂れ目の女の子。
5人が私の顔を見つめる。
違う。
私は、5人の男女から睨まれている事に気付いた。
それぞれの冷たい視線が、その怒りを込めた視線が、私の心を引き裂くようだった。
何で?
何で皆、私を睨んでいるの…?
私は訳がわからず、ただ呆然と立ち尽くす。
「おい!何とか言ったらどうなんだ!?」
金髪の男の子の怒号が私に向かって飛んで来る。
「え、あ、はい。」
彼からの怒鳴り声に頭から殴られたかのような感覚に耐え切れず、私は咄嗟に俯いてしまった。
俯いてしまった私は、自分の足元ばかり見つめていた。
何で?
今日は早く来たのに…。
彼らが何を考えているのか、理解出来ない。
私が、何か悪い事でもしたのだろうか?
分からない。
思い出せない。
不安と疑念が頭を巡り、自信を失っていく。
「せめて謝罪の言葉でも述べたら如何デス?」
駄目だ。
これじゃあ、昨日と一緒だよ。
「言っても分からないなら体で分からせてやるよ!」
「その通りです!」
ガツ、ガツ、ガツ…ッ!
近付いて来る乱暴な靴音が響き渡る。
嫌だ、怖い!
「やれやれ、好きになさい。」
「昨日は反吐が出る偽善者のセイトカイチョウが邪魔したけど、今は居ないから…ね、やっちゃいなさい。」
賛同する皆の声が響き渡る。
どうして皆、意地悪するの?
「それじゃあ、いくぜぇッ!」
シュッと拳を振り上げる時の空気を切る音が聞こえる。
殴られる!
怖くて怖くて、両目をギュッと閉じる。
嫌だ、怖い、消えたい!!
助けて!まーちゃん!!