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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
双子座の優等星

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双子座の優等星⑭

保健室を出て冷たい暗闇の廊下を歩く。

他の教室と違って狭い理科室を通り過ぎて直ぐ、家庭科室と書かれた教室の前で足を止める。


全員が食事を終え、片付けも終わっているであろう時間なのに、部屋の灯りがついている。

その窓、磨りガラス越しに中の様子がぼんやりと見える。


誰かが居るのだろうか?


食欲が失せていた私は家庭科室に用は無いので、中に入るべきか引き戸の前で少し躊躇った。

が、一体誰が何をしているのか好奇心が勝り、右側の引き戸の中央に右手を伸ばし、甲を向けては手首を2度振って軽くノックした。


ガタッガタタッ。


肩関節で軽く叩いたつもりだったが、僅かに重なっている2枚の引き戸がぶつかり合い、静寂の廊下中に響き渡る。


「どうぞ、入ってください。」


中から返って来たのは、親しみ易く聞き慣れた少年の声。

私はその穏やかな声に誘われるようにして縦長の引手に手をずらし、指を引っ掛けると引き戸を左へ滑らせて開けた。


戸が開いたと同時に僅かな温風と様々な生臭さが顔にかかる。

木のぬくもりが漂うその内部には、ステンレス鋼の調理台が8つ並び、蛍光灯から放たれるオレンジ色の光の下で輝いていた。


「お疲れ様です星徒界長。」


奥から歩み寄るのは背の低い男子、まん丸とした茶色い目を細め、幼児のように頬がほんのり赤く膨らんでいる幼い顔。

濃さがまばらに混じった焦げ茶色の髪は前髪を眉毛ぐらいの長さにし、横髪は耳にかかる程度の長さ、後ろ髪は剃ったかのように短く刈り込まれていた。

それは、いつもよく見ている人物だった。


古鼓宮(ここみや)、さん。」


私は彼の名を口にした。

古鼓宮と呼ばれた少年はその通りだと頷いた後、私の様子を見てはただでさえ尻下がりの眉を更に下げる。


「顔色が悪そうだけど、大丈夫です?」


「えぇ、問題ありません。」


私は開けた引き戸の横に右手を付けて身体を支え、血が付着しているローファーを踵の底ゴム同士で押さえながら左足右足へと脱いでは戸を閉め、黒タイツのまま入室する。


ヒンヤリと冷たく硬い感触が足裏から伝わり、全身が震えると同時に頭が冴えて胸のざわつきも少し治まった。


そして、入り口から1番近くにある調理台まで歩むと、下に並べてある背もたれもキャスターも無いパイプ丸椅子を1脚引っ張り出して腰掛ける。


法廷のソファと比べて簡素な椅子は非常に固く、脚の部分はやや高めで座り心地は最悪だが、無いよりはマシだった。


「ここ1週間、星の涙が落ちて来ませんね。」


「そうですね。」


彼の問題提起に頷きながら私は毎日手入れされこびり付きの少ないステンレスのテーブルに両方の肘を付き、考え込む。


星の涙は塩にも水にもなる貴重なものだ。

数日間に1度、雨となって降り注ぐ。

降り注がれた雨は各所の貯水槽に溜まり、生活用水として使われている。


この星の涙の長期停滞は何か恐ろしい事が起こる前触れなのかもしれない。

空は相変わらず深い海に覆われ、大小様々な星々は鈍い光を放ち、それが反って私達を不安にさせている。


星徒達の間でも話題になっており、ある者は星の涙が途絶えると幻想町が滅びると言い、またある者は星の涙が新たな希望の兆しであると信じている。

予感と不安、期待と恐れが入り混じった思いが滲んでいる。


私はただただ、嫌な予感がする。

現実は日に日に星徒達が消えているのだ。


それに、星の海から鯨が現れ、この幻想町を呑み込んでしまう過去を見てしまった。


この町は、私達が思っている以上に深刻な問題を抱えている。

私達、星徒達で解決出来るのだろうか?


ふと、ふわりと香ばしくもどこか甘い脂の温かい香りが漂ってきた。

それまで全く感じていなかった筈の食欲が今の深みのある甘い香りで呼び覚まされた。


「寒い日はやはり温かいスープが良いかと思いまして。」


古鼓宮さんは香りの湯気を放つ大きなバケツ型の鍋に歩み寄ると、白いプラスチックで出来た直径21センチ深さ4センチの皿を左手で持ち上げては右手に持たせたお玉で鍋の中を掬い、皿に入れる。

そして湯気を放つようになった皿を私の目の前に置いた。


中に入っていたのは干し肉のスープだった。

長時間煮込まれたのか細切りにされた赤茶色の干し肉は比較的多く入っていて沈んでおり、スープには黄金色の脂が浮いていた。


湯気が出る煮込み料理は久し振りかもしれない。

星徒界長の業務の関係で他の星徒達より後に食事を摂るからだ。


「さあ、冷めない内にどうぞ。」


「では、いただきます。」


皿の端を左手で添え、右手で持った銀色のスプーンで先ずはほんのり黄金色のスープのみを掬い、唇に当てては静かに口の中に流し込む。


とろけた脂によって柔らかな舌触りと干し肉から吸い上げた濃厚な味わいが口いっぱいに広がっていく。

肉の旨味がスープにしっかりと溶け出し、熟成された独特な香ばしさと風味がより強く感じられる。


続いて赤茶色の干し肉をひと塊、口に運ぶ。

肉のしっかりとした噛みごたえがあり、食べごたえもあるが、しっかり煮込まれたおかげか繊維に沿って噛めばホロホロと崩れていく。

しっかり塩漬けと乾燥されたおかげか、肉独特の嫌な臭みも失くなって食べ易い。


スープの塩味もちょうど良く、干し肉のある程度抜けた塩味にシンプルながらも上手く調和しており、乾燥して引き締まった分じっくり噛めば噛む程、塩気の奥の深みを感じる。


唯一の具材である干し肉の存在感がスープを引き立て、豊かな風味と温かさが組み合わさり、体も心も温まる1杯だ。


心も温まる…?


私は何を考えているんだ?

選挙によって星徒同士が殺し合い、私も2人の星徒を殺したばかりの、このような状況で、こんな食事で、心が温まるだと?


私は人の心を失ったのだろうか?


「星徒界長…。」


古鼓宮さんがスプーンを持った私の右手を包み込むように両手を添える。

私の両腕から指先は無意識に小刻みに震えていた。


「ひとりで全て抱え込んだり無茶したりしないで下さい。」


「私は大丈夫です。」


古鼓宮さんの温かく穢れを知らない手により、少しずつその震えがおさまっていくような気がした。


私は彼を安心させようと目を細めて無理矢理微笑む。

彼は私の気持ちを汲み取ったようにそれ以上は何も言わず、優しい笑みを作って頷いてくれた。


私は私の為、彼等の為に戦う。

逆境に立ち向かいながら、新たな日の出を待ち望む。

私は、私達は生きる為に生まれて来たのだから。


「ところで、この肉…」


私は左手で添えているスープに視線を戻す。

細切りにされ、天日干しにされ、スープとなって再び私の前に現れた肉に私は問い掛ける。


星徒界長なので知っていて当然だが、敢えて問い掛ける。


「誰ですか?」


例え今日、誰かが犠牲になったとしても。

明日こそは平和である事を願って...。

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