双子座の優等星⑪
嗚呼、全てが終わったのか…。
これがこの不気味な町、幻想町の真実なのか。
私が求めていた答えがコレなのか。
結局、最後まで生き残っても、みんな滅びて星になるのか。
皆、死ぬのか。
しかし、悪い気分では無い。
視界は星屑と共にグルグルと回っているものの、柔らかく温かい波に揺られながら星々のひとつになるのは苦では無く、むしろ心地良い。
星徒達から苦しみと痛みと屈辱と哀しみを受けて死ぬよりはマシだ。
私は全てを諦め、全てを委ねようと両目を閉じようとした。
『にゃにみてるのぉ〜?』
突如、幼く舌足らずな幼女の声が響き渡る。
その声は、私の心を揺さぶるような響きだった。
その声にハッとなり私は目が覚めた。
映像に夢中になっている内にセピア色の私と繫がり、意識を奪われかけていた。
何だ、私はまだ生きているのか…。
あのまま、夢の中で死んでしまっても良かったのかもしれない。
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
生き延びる事が嬉しい筈なのに、何故かその思いが湧いて来ない。
今鮮明な記憶が無いとはいえ、過去に何度も死んでいるせいなのだろうか、生に執着する意識が薄れている。
夢の中で永遠の眠りにつく事が、今の私には最高の結末のように思えてしまった。
しかし、それは非常に危険な考えである事も分かっている。
胸を締め付ける中、私は揺れる感情を押し殺して現実を受け入れる為に呼吸を整える。
吸い込んだ空気が胸を満たすと、心のざわめきを抑えるように感じ、そして自分の存在を確かめるように両手の先をそっと胸に当てる。
微かに脈打つ熱い鼓動が「生きている」という当たり前な事を再認識させてくれる。
そして現実に戻った目で再び天井に浮かび上がる映像を睨み付ける。
天井に映し出される映像は、不気味なシルエットが浮かび上がりながらゆっくりと蠢いていた。
その身体の輪郭は、闇に包まれた中でもハッキリと分かるようになっていく。
私は戦慄を覚えながらも、目を離してはならないと感じた。
何故ならば今、私を起こした声の主は、映像の中から、こちらに向かって、話しかけて来たのだから。
真っ黒な映像の中からは先程光る蝶々になって飛んで行った筈の薄いセピア色の少女が顔を出し、にっこりとした笑みでこちらを見ている。
しかし、幼さが残る笑みとは裏腹に機嫌を損ねているのか、ふっくらとした顔の頬を大きく膨らませていた。
『んもぅ、こんなのみてもぉ、にゃにもかいけちゅしなぃんだけどなぁ〜…うちゅちゅみくんのぉえっち!』
その舌足らずな声は非常に高くまとわり付くようにねっとりとしており、無邪気な可愛らしさよりも邪悪さと嫌悪感を与えて来る。
そして、わざとではないかと思うぐらい物凄く聞き取りづらい喋り方で文句を言いながら顔をずいと寄せて来る。
映像は少女の額の縦線の傷を大きく映される。
そして、少女の額の額にある縦長の傷がパックリと左右に開く。
開かれた傷の中から現れたのは、鮮やかな真紅の目と黒い瞳の眼球。
セピア色の映像の中で唯一浮き出る真紅の目は、更に紅く不気味に輝き、それは異次元の力を支配するような魂にも見え、見ているだけで心まで凍りつきそうだった。
『とうしゃつしてかくしゃんしゅるぅ、わるいこゎぁ、おちおきだよぉ!』
真紅の目から猛烈な赤い光が放たれ、セピア色の風景は瞬く間に真っ赤に染まる。
その輝きはまるで炎のように映像を通り越し法定全体を包み込んでいき、鮮やかでありながらもドス黒さも感じさせる赤の暴力が視界を支配した。
これ以上の鑑賞は危険過ぎる!
彼を止めなければ!!
身体中に広がる恐怖と焦燥が、私を行動に駆り立てようとしたが、それは遅すぎた。
赤い光の破壊力は既に頂点に達しており、その圧倒的な力は私の手遅れ感を増幅させていた。
『ちんじゃえ〜ぃっ!』
狂気に満ちた抑揚の笑い声が混じった叫び声と共に少女の額の目の輝きが一層強くなったかと思うと、真っ直ぐに放たれた。
鮮血の如く紅く炎の如く輝くその光線は、天井を見上げる彼の額の目に直撃する。
彼は反射的に3つある目を全て閉じ、両手の平で顔を覆った状態のまま、突き飛ばされたかのように後方に飛び上がっては仰向けに倒れる。
ドサリ、という落下音と同時に天井に映し出されていた少女は消え、辺りは警告の赤からいつもの昼白色の灯りとクリーム色の壁に変わっていた。
「だっ、大丈夫ですかッ!?」
細身とはいえ背の高い男性がいとも簡単に吹き飛ばされる光景に私は呆気に取られていたが、倒れている彼の元に駆け寄る。
青柳色の軍帽は遠くへ転がる程の衝撃だったのにも関わらず目立った外傷は無く、彼は顔を覆っていた両手を下ろして地に着けてはゆっくりと身を起こす。
ゆらりと立ち上がると同時に長いマントと三つ編みが細い身体に沿って流れ落ちる。
赤い光を直接受けた額の目は分厚い目蓋で閉じられたままだが、双眼は目蓋が痙攣しながらも正常な範囲内で瞬きをしていた。
良かった、無事だった。
私は安堵の溜め息を吐いた。
が、彼は私を見るやいなや、ダイヤ模様の黄色い目を見開いた。
彼は唇を震わせ、困惑し、動揺している。
「*^^^* *** ^*** ** ^**^* !?」
複数の不可解な鈴の音が強く響き渡る。
何か疑問を投げかけられたようなイントネーションだが、その音色は明らかに怒りに満ちており、眠そうなぐらい穏やかだった双眼も今や敵意の目に変わっている。
「な、何…、何があったのですか?」
明らかに変である。
私は戸惑いを隠せず、慎重に尋ねる。
彼の目には、明らかに違う何者かへの深い怨みの念、復讐心が宿っていた。
心の奥底で何かが起こっている事を感じ取りながら、私は彼から目を離さず、ジリジリと後退りした。
先程、少女が放ったあの光。
彼の能力が現実を見せる力だとしたら、彼と共通点が多いあの少女もそれに近い能力を使ったのだとしたら…。
すると彼の右手から突如として金色に輝く蝶々、先程の少女が放ったのと同じシルエットの蝶が無数に現れ、その煌めく翅の間から、無数に舞い散っていく光景が広がった。
そして、その華麗な蝶の舞の中から、彼の手からは1メートル程の長さを持つ、細長い物体が姿を現した。
その物体は、金でできた菱形模様の柄と鍔を持ち、その柄から真っ直ぐに延びるように伸びた銀色の鋼の刃は、鏡面のように磨き上げられ、まるで水面に映る月のような美しさを湛えているが、その美しさとは裏腹に冷たく鋭い威圧感が漂っていた。
刀だ。




