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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
双子座の優等星

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双子座の優等星⑩

「え、これは一体…。」


暫くして映し出されたのは先程までの死亡特集(ダイジェスト)とはどこか雰囲気が違う映像だった。

私はあまり変わらないと分かっていても無意識に踵を上げて天井を注視する。


彼もこの映像を見せたかったのか気を遣ってるのかは分からないが、早送りの三角マークを消して通常の速度に戻した。


場面は学校の屋上、空のセピア色の濃さから夕方だと推定。

金網フェンスに囲まれ、半分の面積を陣取る巨大な貯水槽以外何も無いコンクリートの上には、3人の星徒が映っていた。


1人目はフェンスの前に転がっていた。

頭の天辺から足の先まで炭のように真っ黒になっていて誰なのか判別出来ないが、体格からして小柄な女性だというのは分かる。

両脚を閉じて両腕は左右に広げた状態で仰向けに倒れているその姿は、十字に架けられたかのようだった。


恐らく彼女は、火炙りの刑を受けたのだろう。

私は前々回の選挙で庵希羅(あんきら)という男子星徒に火刑を執行した。

その後の亡骸と同じ姿勢だった。


2人目は黒白女聖であり、彼女は内股座りの状態で眠っているもうひとりの星徒を抱きかかえていた。

映像の中の私は眼鏡を外しており、抱きかかえている星徒の顔を覗き込んだまま肩を震わせてボロボロと涙を流している。


3人目は抱きかかえられている血塗れの星徒はまん丸としたまぶたを閉じ、少年のように頬が膨らんでいる幼い顔の男子。

濃さがまばらに混じった暗い髪は前髪を眉毛ぐらいの長さにし、横髪は耳にかかる程度の長さ、後ろ髪は剃ったかのように短く刈り込まれていた。

それは、いつもよく見ている人物だった。


古鼓宮(ここみや)…?」


彼はいつも私の援助をしている、副星徒界長のような人物。

映像の中の彼は外傷らしきものは見当たらず、ただ眠っているかと思う程に穏やかな表情をしているが、涙を流している黒白の様子から察するに、死亡している。


映像の中にいる3人の様子から多分ではあるが、謎の女子星徒が古鼓宮を殺害して、黒白がその女子星徒を処刑したのだろう。


この処刑された女子星徒が何者なのか、何故選挙後の映像が流されているのか気になるが、本当に知りたいのはこれでは無い。


暫くすると、屋上の出入口の扉が屋上の外側へと開いた。

黒白は涙を流している目で扉の方へと顔を向けた。


扉の奥から小さな背丈の女の子が現れた。

見た目は8歳ぐらいだろうか、頭には大きなリボンとフリルが付いたエプロンドレス姿の可憐な少女だった。


頭のてっぺんには大きく幅の広い双葉の形に似たリボンが乗っており、そこから左右に薄い色の髪が顎下まで噴水のように2叉に流れていた。


切り揃えられた長い前髪を真ん中で分け、額には大きな縦線の傷、小さく尖った耳には大きな丸いピアスが輝いている。


服装はバルーン型の半袖に、足元まで長い薄い色のワンピース、その上には白いフリル付きのエプロンを着用しており、金で出来ている持ち手がハートの形をした少し大きめな鍵を紐で首から下げていた。

足元にはレースの短い靴下、少し大きめの濃い色のおでこ靴がベルトで留められている。

いかにも少女らしい恰好だった。


系統だけであれば先程の映像で巨大な炎の車輪が付いる車椅子に乗っていた少女の千弥輪愛都(ワダチカペラ)さんに似ているが、身長が3メートルもある彼女とは特徴が明らかに違っており別人である。


それに、制服ではない特異な姿である筈なのに選挙会場が屋上のままで変わらないのは明らかにおかしい。

彼女は星徒では無く、渦神(うずかみ)隠薔薇(いんばら)と同じく私達星徒を監視する専星(せんせい)なのだろうか?


セピア色の世界で両目を閉じてにっこりと微笑み続け、幼い顔で佇む彼女は、一見すると可愛らしい外見とは裏腹に、どこか不気味で邪悪さも感じさせる。


独特な前髪や表情、それに額の傷…。

今私に映像を見せ付けている彼の妹なのだろうか?


しかし、何故だろうか。

謎めいた彼を初めて見た時は何とも感じなかったのに、同じ特徴を持つ少女に対しては双子以上の恐怖と絶望を感じ取り、背筋が凍り血の気が引いた。


少女は両目を閉じたにこやかな表情で小さな手で拍手を数回した後、ふわり、ふわり、とまるで花と花に移り舞う蝶々みたいなスキップに近い軽い足取りでセピア色の私と古鼓宮に歩み寄る。


画像の私は異様な仕草で近寄る少女から逃げようとせず、ただ座り込んで古鼓宮を抱きかかえたまま、泣き腫らした目を向けていた。


駄目、逃げてッ!!


映像を観ていた私が心の中で叫んだ。


しかし、私は気付いた。

映像の中の私は彼女に恐怖し、動けないのだと。


少女が恐怖で動けない黒白の目前に降り立ったその直後、少女の体は無数の蝶となって空へと飛び立った。


輝きながら羽ばたく無数の蝶は夕方で暗くなっていた空の海の中へと消えると、今度は空が真っ白に輝き始めた。

それは空が不気味なほどの明るさを帯び、画面全てを覆いつくす程の白さに包まれた。


次の瞬間、その白さは巨大な渦を巻き始め、空に浮かぶ星々を巻き込み、煙のように捲き上げていった。

そしてその渦が形成される中心から、一筋の光が放たれ、荒く波打ちながら徐々に形を成していく。


校舎よりも長大で流線型な胴体、長く湾曲した背びれ、巨大な尾びれ、全てを飲み込んでしまう程の大きく丸い形状の口。

その圧倒的な存在は空彼方深淵の奥深くに生きる、海の王者と呼ぶに相応しい。


(くじら)だ。

巨大な鯨の姿を象った星喰いが校舎の上に現れたのだ。


星々も取り込んだそれはまるで生命そのものが宿っているかのような輝きであり、その形状は宇宙を漂う巨大な船のようだった。

背中には輝く星々が浮かび、光を放ちながら広がっていく。

長い尾びれは海面を優雅に切り裂き波紋を作り、その度に水滴が煌めいて落ちる。


セピア色でも分かる程色鮮やかで迫力のあるその存在は森羅万象の神秘を象徴し、心を奪われるほど美しい。


しかしその星の鯨は頭部を下に向けると静かに、そして躍動感が溢れんばかりに力強く、学校の屋上へと迫って来る。


空一面を覆い尽くしていた巨体が星々を纏ってこちらに迫ってくる様子はまるで巨大な滝のようだった。


私はその壮大な光景に圧倒されながらも、恐怖と興奮が入り混じった感情に心を揺さぶられた。


鯨の姿をした波はゆっくりと近付き、私の頭上に到達すると、巨大な口を開いて一瞬にして全てを包み込んだ。


その瞬間、私はまるで空の海の中にいるような感覚に包まれた。

逆う事すら許されない水流の中に輝く星々にぶつかると一瞬にして星屑の中の小さな粒となり、無限の宇宙の中に散りばめられた存在となって、私の自由と全てを奪っていく。


波の中に身を投じたかのように、鯨の星屑となった私は透明な水の中に包まれながら、冷たく息苦しくも安らかな幸福感が全身を満たしていき、セピア色でありながら鮮明に輝く不思議な世界が広がった。


そうか、これが「死」というものなのか。

波に揺られ、混乱と恐ろしい多幸感の中、ぼんやりと実感する。

今までの映像の中で多くの自分の死を観ていたが、これ程までに浮ついた楽しい気持ちになった事はない。


星の鯨は私を抱え込みながら、校舎を徐々に呑み込んでいく。

校舎は屋上から徐々に砕けながら崩れ落ち、頑丈な筈の校門を薙ぎ倒し、木々が倒れ、長い坂まで呑み込まれる。

透明な鯨の腹には粉々になった木々やコンクリートが回転し、星の粒とぶつかって燃えては粒に変わり、消えていく。

まるで宇宙に散らばったゴミを処理している掃除機のようだ。


巨大な鯨は学校を丸呑みしても物足りないのだろうか、そのまま商店街の方へ滑る落ちるように大きく身体を曲げて泳ぎ出す。


シャッター通りとなっている商店街の入口には巨大な鳥居が1基、荒れ狂う鯨の前に立ち塞がるように佇んでいたが、その威厳も虚しく砕かれ、次第に波に呑まれて崩れて消えていく。


商店街も無人の住宅街も、星喰い達から護る為に建てられた鳥居を失った今、その波の力に抗う事は出来なかった。

家々が星の海に巻き込まれ、無機質なコンクリートの建物が波の勢いに押し流されていく。

窓ガラスが砕け、屋根や壁が崩れ、星々にぶつかって燃えては消え、一瞬にして住宅街は無残な姿に変貌した。


尾鰭の形をした波は静かに舞い上がり、空中に浮かび上がったかと思うと、再び地面に叩き付ける。

その大柄な姿勢を変えずに進んで行き、商店街や住宅街を吞み込んでいく様子は、まるで生命そのものが喰われていくような絶望を与える。


周りを囲う木々や数え切れない程の巨大な鳥居もドミノ倒しになっては崩れて呑み込まれていく。

鳥居や木々を容赦無く掘り起こして吸い上げては大地を揺さぶりながら混ぜ込んでいった。


建物は崩れ、鳥居は折れ、森は割れ、流され、呑み込まれ、燃えて、星の粒となり、消える。

崩壊の一途を辿るその光景はまるで地獄のように歪んでいった。


やがて、町は鯨によって完全に呑み込まれ、全てを腹に溜め込んだ鯨は再び宇宙へ舞い上がると同時に太陽までも呑み込み、全てが闇に包まれていった。

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