双子座の優等星⑥
「では、証人は入りなさい。」
私は目先の方向の奥にある木製の扉に向かって呼びかけると、大きな扉がゆっくりと内側へ観音開きに開く。
身長の倍ぐらいある大きな扉に似合わない程小さな蝶番から軋む重い音が響き、その音に反応した双子は同じタイミングで開く扉の方に身体ごと振り向いた。
扉の奥から姿を現したのは薄茶色の髪をした青年だった。
歳は私達と同じか少し上ぐらいだろうか。
下ろせば長いであろう薄茶色の前髪は真横に切り揃えられ真ん中で分けられており、後ろは地に触れそうなほどの長さの髪を1本の細い三つ編みに結び、それをリボンやヘアゴムではなく明るく黄色い大きな金属の球体で留めていた。
髪留めと似たような形状の物は他にも上向きに尖っている左右の耳にピアスとして飾られており、シャンデリアの豪華な光を受けて輝いている。
日焼けひとつしていないぐらい透き通るような黄色肌は頬に淡い桜色の自然な血色があり、細い唇は柔らかな微笑みを浮かべていた。
長い睫毛を伏せている顔は端正で若々しいが、 額には大きな縦線の傷があり、それが彼の顔に一層のミステリアスさを与えている。
服装は白黒の制服では無く、上下青柳色の軍服であり、左肩から足元まで同色のマントが垂れ下がっている。
襟の間から明るく黄色いネクタイを身に着け胸元を飾っている。
頭には斜め掛けに被った青柳色の軍帽、その帽子には翼の形を模した金で縁取られた紫色の宝石が輝いていた。
腰に茶色い革のベルトを巻き、靴は膝下まである踵の低い茶色い革のロングブーツをブーツインで履いていた。
全体的な体格はほっそりとしているが男性であることは明らかで、他の星徒達と違ってどこか浮世離れして魅力的な雰囲気を漂わせている。
「誰なのよアイツ?!」
「あんなの、星徒に居たかしら…?」
サリアとウリアは互いを見つめ合っては心当たりがあるかどうか確認し合ってから再び男性をじっと見つめ、言葉を失っていた。
双子の顔は全く同じ驚きと困惑が交錯していた。
2人が混乱するのも当然。
彼は選挙の時のみ現れる謎の星徒。
名前も素性も、そもそも星徒であるかすら分からない。
しかし彼は私の選挙に協力してくれる、私の秘密兵器。
「証言台は埋まっておりますので、証人は証言台の前へ。」
軍服の男性は私に向かって微笑みながら、歩み寄る。
彼の背はまっすぐで、優雅でしなやかだった。
両目を閉じたままにも関わらず彼の動きは羽根のように軽やかで、軽快な靴音を立てつつ、青柳色のマントと1本の細い三つ編みが柳のように左右へ揺れるその様子は、まるで暖かな春風を告げるウグイスが木々の間を舞っているかのよう。
彼が証言台の右側を横切る時に近くに居たウリアが彼の横顔を間近で観察していた。
彼を見つめている彼女の両目は次第に星空の如く煌めき、頬は姫林檎のように赤く染まっていき、彼が通り過ぎた後にホゥと恋する乙女が出す甘く小さな溜め息を吐いた。
そのウリアの様子を片割れであるサリアは自分とは異なる感情を抱いているのかと気付き、毒林檎のように青ざめ、眉を寄せて信じられないと言いたげの不快そうな表情で見ていた。
容姿や動作までそっくりな双子であるが、異性の好みは違うのだろうか?
私は厳粛な裁判官席に座ったままふと下らない事を考えていたが、彼が近くまで来たので再び背筋を伸ばした。
無意識であったとはいえ生命を賭けた裁判であるのに集中力が続かなくなっていたのは、秘密兵器である彼に過信し、勝算があるという余裕の表れなのだろうか。
油断大敵、という言葉を自分に言い聞かせながら、審理を進める為に目を向ける。
「被告人に対する殺人事件について、これから貴方に証人としてお尋ねしますので、その前に嘘を言わないという宣誓をしてください。宣誓をした上で嘘を言うと、偽証罪で処罰されることがありますので、注意して下さい。」
私が座っている裁判官席と双子が立っている証言台のちょうど間の場所まで歩いて立ち止まっては静かに回れ右をして、両目を閉じたまま見上げる青年。
私が証言前に伝えないといけない言葉を掛けると、彼は目を閉じたまま微かに頷いた。
双子は長い三つ編みが垂れている後ろ姿しか見えないものの、彼が何を発言するか固唾を飲んで凝視する。
そして彼は口を開いた。
「^^*^* *^*^* *^^^* *^ ^* *^*^* ^* *^*^* 」
カランコロンとした金属の鈴かオルゴールに近く、驚くべき速さで独特で不思議なテンポのある音が連続して響き渡る。
口笛やボイスパーカッションとは全く違う別次元な音、これは本当に人から発せられる声なのか?
そう疑わざるを得ない。
しかし、彼の唇は音に合わせて瞬間的に動いていた。
まるで音楽を奏でるように、彼の唇と音が一体となり、不可思議な音色で歌っているかのようだった。
「は?」
「何?」
男性らしい低い声を期待していたのだろう、幼児のオモチャみたいな彼の声、声であるかどうかも怪しい音に双子は唖然とする。
その顔は私が初めて彼と出会った時と同じ表情だった。
やはり誰でも最初は驚くだろう。
彼女達と違って私が今平然とした表情でいられるのは、彼と会ってこれで3回目だからである。
最初の時は訳が分からずただ呆然としたまま終わり、2回目の時は問題が起きてしまい彼と対話の機会すら得られなかった。
だが、流石に3度目となると解読を試みる必要があると強く思い、今回の私はただ黙って、正面の裁判官席から、目を細めて、じっくりと、彼の唇の動きと音を見聴きしようと身構える。
彼は悟ったのか、再び口を開く。
「^^*^* *^*^* ^^*^* ** *^^* *^ **^* *^*^ ^^*^* ** *^^* ^^*^* ** ^*^** **^ *^^^* ** 」
今度は長めに喋っている。
しかし、やはり速度が速過ぎるのと、鈴が入ったオモチャのボールを転がした時に響くようなゴチャゴチャした音で聴き取り難い事もあり、何を言っているのかさっぱり分からない。
ただ、3度目になってひとつ分かった事は、彼の言葉はデタラメに発しているのでは無く、何か規則性があるものだと確信した。
彼の口から発せられる奇妙な音は、音程はバラバラであるものの短い音と長い音の2種類の長さの音が組み合わさり、決まった間隔もある、実は一定の意味を持っているのだろうと感じた。
更に彼は私の言葉を理解している、それに私に伝える意志があるように見える事から、彼はこの意味不明な音しか発する事が出来ない、普通の言葉を発する事が出来ないという事が分かった。
言葉を話せない理由は様々であるが、互いが意思疎通を求めているのであれば、彼との対話を重ねて翻訳を試みるか、もしくは会話を諦めて他のコミュニケーション手段を模索する事が出来るだろう。
しかし、今は出過ぎた真似をしない方が良い。
前回会った時、証人尋問後に彼と筆談を試みようとした途端、法廷が私の意に反して彼を強制的に選挙会場から追い出した事を思い出す。
裁判の途中で裁判官とやり取りしたのが不適切だったのか、あの強制退場は私の能力によるものかどうか私自身でも分からないが、今でも前回の選挙はとても気掛かりで恐ろしいものだった。
もしも前回の選挙で証人尋問の前に彼と筆談を行っていたら、私は証拠不十分で敗訴してしまい、今の私は存在していなかっただろう。
そう思うだけでもゾッとするものだ。
今回は閉廷直後に彼との対話を試みるつもりだ。
彼はこの幻想町の真実を知っている、そんな気がする。
やはり時間がかかるかもしれないが、少なくとも私達は意思疎通を図る必要がある。
その為にも、まずはこの裁判に勝訴しなければならない。
この町の謎を解き明かしたいと早まる気持を抑えながら再び審理を進める。