双子座の優等星④
「まあ、良いでしょう。」
深い溜め息を吐き、目線を落とす。
胸の奥で渦巻く苛立ちと、選挙の重圧が、静かに心を締め付ける。
「脳筋な貴女たちには、もっと働いてもらいたかったのですが、仕方ありませんね。」
いずれ、ウリアとサリアを切り捨てる日が来る。
それが早いか遅いかの違いだ。
星徒に裁きを下すことに異を唱える者がいても、私は私の正義を貫く。
それが、星徒界長の務めだ。
『星徒界選挙に立候補しますか?』
目の前に浮かぶ、白く輝く明朝体の文字。
冷たい光が、鏡の残響のように揺らめく。
誰が送ったのか、何のために送ったのか――考える必要はない。
拒否権など存在しないのだから。
私は迷わず頷く。
フレームのない眼鏡の細いテンプルを摘み、外す。
その瞬間、全身が白い光に包まれる。
一瞬にして、私の姿は変わった。
腰まであった茶髪は、金色に輝くボブカットに。
土色の瞳は、澄み渡る空色に。
両耳は上向きに尖り、鋭い輪郭を帯びる。
白と黒の制服は、光が消えると同時に変形し、白いリボンのクラヴァットスカーフが目立つ、袖の長い黒い法服ローブに。
白い長ズボンと、金属の甲冑ブーツが足元を固める。
頭には、平たい円錐形の黒い帽子が被さる。
右手には、百合の装飾が先端に輝く白と空色の三角旗。
左手には、艶やかな木製の小槌が握られている。
魔法少女を思わせる変身だが、裁判官と兵士を融合した奇妙な装いだ。
特に顎紐を垂らしたヘルメットのようなマッシュルームヘアは、芋臭く、美容室に駆け込みたくなるほど気にかかる。
だが、これが私の戦闘形態らしい。
「我が名は天秤座の優等星、現星徒界長、ジャンメヌエット!」
声高らかに叫ぶ。
なぜこの口上が必要なのか、私自身も、他の星徒も知らない。
ただ、無意識に口をつくこの名は、黒白女聖よりも私の本質に近い。
不思議な確信が、胸を満たす。
「私も星徒界選挙に立候補します!」
宣言した瞬間、ウリアとサリアの目に喜びの炎が宿る。
薄く浮かぶ笑みに、闘志が滾る。
彼女たちの「ヨシキタ」と言わんばかりの興奮が、鏡の世界を震わせる。
熱風が私の法服を煽り、心を揺さぶる。
「行くわよぉ、サリア!」
「分かったわ、ウリア!」
双子の声が全方向から響き、鏡の残響と混ざり合う。
彼女たちの戦闘への渇望は、まるで火傷するほどの熱を帯びている。
はあ、さっさと決着をつけましょう。
彼女たちの戦闘力は、私を圧倒する。
しかも、ここは彼女たちの選挙会場。
鏡の中と外を自由に行き来し、瞬時に位置を変える彼女たちに、まともに戦えば勝ち目はない。
それは私も、彼女たちも知っている。
だからこそ、彼女たちは選挙を仕掛けたのだ。
選挙そのものではなく、勝てる戦の快楽を求めて。
だが、彼女たちの浅はかな頭では、私の「秘密兵器」をあの失言で封じたと思い込んでいる。
あの程度の侮辱で、私の能力が揺らぐはずがない。
勝算は、私の手の中にある。
だからこそ、先手を取らなければならない。
私は右手に握る三角旗を高く振りかぶり、球根型の柄の先を鏡の床に叩きつける。
パリンッ!!!
鋭い音が響き、叩きつけた地点から無数の亀裂が走る。
蜘蛛の巣のように、瞬時に鏡の床を切り裂き、天井、壁へと広がる。
軋む音、砕ける音が、まるでゲンソウチョウの鐘の音のように部屋を震わせる。
星々の輝きが歪み、断片的に揺らぐ。
鏡に映る赤と青の双子も、私の姿も、亀裂に引き裂かれ、奇妙に変形する。
壁や天井から鏡の破片が舞い散り、光が乱反射する。
部屋は、まるでダイヤモンドダストの嵐に包まれたかのように輝く。
儚く、破滅的な美しさ。
それは、私の力が解き放たれる瞬間だ。
「私の選挙会場に変えましょう。」
ガベルを懐にしまい、三角旗の長い柄を両手で握り直す。
ゆっくりと弧を描くように振り始め、徐々に振り幅を大きくする。
旗が空気を切り裂く鋭い音、鏡の破片が軋む音、空間を満たす響きが一つになる。
粉々に砕けた鏡の粒子が、旗の動きに巻き込まれ、竜巻のように舞い上がる。
まるで虚空へ消えるように、鏡の残骸は闇へと溶ける。
鏡が一掃され、闇一色の空間が瞬時に変わる。
ダークブラウンの木造テーブルが並ぶ、厳粛な法廷が出現する。
最前方の高台には裁判官席、対面には証言台。両者を囲む無人の観客席が、静寂を湛える。
原告席や被告席、書記官席は不要だ。
この選挙は、一対一の裁きなのだから。
高い天井には、シャンデリアが優雅に吊り下がり、柔らかく上品な光を放つ。
壁と床は、淡いクリーム色で統一され、法廷の厳粛さを和らげる。
私は裁判官席へ向かい、百合の彫刻が施された木製の階段を登る。
ニスで磨かれた階段は、つややかに輝き、足音が軽く響く。
裁判官席には、黒革のパイプソファと一体化した机が据えられている。
ソファの曲線は優雅で、光沢のある黒革が威厳を放つ。
背もたれは傾斜し、座り心地と厳格さを両立させる。
私はゆっくりと腰を下ろす。
ザラリとした革の感触が手に伝わり、ほのかな温かさが身体を包む。
しっかりとしたクッションが身体を支え、背もたれが疲れた背中を癒す。選挙中でなければ、愛用の本を広げ、読書に没頭したいほどの理想的なソファだ。
だが、今は戦場だ。背筋を伸ばし、気を引き締める。