双子座の優等星③
両目を閉じてから約10秒。白い光が収まり、視界が黒に沈むのを感じ、ゆっくりと腕を下ろして瞬きする。
まぶたを開けると、目の前に広がるのは薄暗く、まるで夢の深淵に迷い込んだような光景だった。
一言で言えば、鏡の世界。
床と天井は一面、鏡の海だ。
無数の星明かりのような光が、鏡面を滑るように反射し、銀河の渦を思わせる奇妙な模様を織りなす。
光は次々と屈折し、空間そのものが輝きで脈打っている。
壁もまた、360度、鏡で埋め尽くされている。
無限に重なる反射が、部屋を果てしない迷宮に変える。
私の姿は歪み、鏡の向こうに何重にも分裂した自分が、まるで別次元の亡魂のように揺らめく。
私はこの鏡の部屋の中央に立っているらしい。
慎重に首を動かし、周囲を見回す。
すると、すべての鏡に映る私の顔が、まるで操り人形のように同期して動く。
大小さまざまな私が、万華鏡の破片のように散らばり、空間を埋め尽くす。
まるで自分の存在が、鏡の無限の深みに吸い込まれるかのようだ。
選挙は初めてではない。このような奇妙な光景も、初めてではない。
だが、こうして立つたびに、胸の奥から這い上がる息苦しさが私を締め付ける。
それは、肉体を貫く電光のような戦慄。
じっとりと冷たい汗が背を伝い、呼吸が浅く、荒々しくなる。
叉武は歴戦の星徒だ。
数多の選挙を仕掛け、勝利を重ねてきた。
彼女との対決を避けるため、私は常に細心の注意を払ってきた。
だが、選挙を生きがいとする彼女から逃れるのは、所詮不可能だったのだ。
「大丈夫、今回は勝算がある。」
心の中で呪文のように繰り返し、深く息を吸う。
震える胸を鎮め、右脚をゆっくりと踏み出す。
鏡の床がカツンと軽く響き、反射する私の姿が分裂し、倍増する。
星々の輝きの中、無数の自分が私を見返す。
時間の流れすら感じられない静寂の空間。
普通の者なら、この幻想的な鏡の世界に心を奪われ、溺れるだろう。
だが、ここは叉武の選挙会場だ。
「そろそろお出ましになってはいかがです、叉武さん?」
どこに潜むか分からない彼女に呼びかける。
私の声は鏡に反響し、木霊のように部屋を巡る。
まるで、ゲンソウチョウの鐘の音が響くかのように。
「私は双子座の優等星、ウリアガトフ!」
「私は双子座の優等星、サリアガトフ!」
天井の鏡から、二重の声が降り注ぐ。
見上げると、赤と青の女が、左右対称にモデル立ちでこちらを見下ろしている。
まるで鏡の向こうから現れたかのように、彼女たちの姿は反転し、複写された幻のようだ。
頭上ではなく、ガラスの床越しに見上げるような錯覚に、背筋がぞくりとする。
向かって左の女――ウリアガトフ。
炎のような情熱的な吊り目が、獲物を射抜くように光る。
赤い宝石の髪飾りが、七三に分けた前髪の右側頭部で輝き、長い赤いサイドテールが流れるように揺れる。
赤いベアトップが胸を覆い、日焼けした黄色い肌が肩と腹部を露わにする。
股上の深い赤いアラジンパンツは、膝から足首にかけて絞られ、花の蕾を思わせる。
金のアンクレットが首、手首、足首を飾り、大きな赤い宝石のピアスが星明かりを浴び、陽の光のように眩い。
爪先が尖った赤いバレエフラットシューズを履き、彼女の姿はまるで炎の踊り子だ。
対する右の女――サリアガトフ。
深海のような涼やかな吊り目が、静かな威圧感を放つ。
青い宝石の髪飾りが、七三に分けた前髪の左側頭部で輝き、長い青いサイドテールが水流のように揺れる。
青いベアトップと、膝から足首まで膨らむ青いアラジンパンツは、深海を泳ぐ海月のよう。
金のアンクレットと青い宝石のピアスが、夏の海の輝きを映す。
爪先が尖った青いバレエフラットシューズを履き、彼女の姿は海の巫女そのものだ。
太陽と海を司る双子の踊り子。
彼女たちの姿は、ゲンソウチョウの紅い蝶が舞う花火のように、眩しく、危険だ。
「ウリアちゃんの力、見せちゃうんだからぁ!」
聞き飽きた甲高い声で叫ぶウリアが、背中から湾曲した幅広の剣を右手で引き抜く。
刃が星明かりを反射し、まるで炎が揺らめくように輝く。
「油断しないで、ウリア。相手は星徒界長よ。」
落ち着いた声で諭すサリアも、同じ形状の剣を左手で構える。
刃の青い輝きは、深海の底を思わせる。
あの童顔で不安定な叉武が、こんな妖艶で明確な人格を持つ双子だったとは。
普通の者なら、このギャップと神秘的な魅力に圧倒され、膝を折るだろう。
だが、私の胸を貫くのは、純粋な恐怖だ。
双子の存在は、私の心の奥に眠る本能的な戦慄を呼び覚ます。
彼女たちの目は、獲物を追い詰める肉食獣そのもの。
鏡に映る無数の赤と青の双子が、360度から私を包囲し、心を押し潰す。
「選挙に立候補しないのぉ?」
「私たちを侮辱したから、勝てる術がないのかしら?」
ウリアの甲高い嘲笑と、サリアの冷たい挑発が、鏡に反響して耳をつんざく。
あの失言で私を訴えるなど、実に低能だ。
星徒界長になってから繰り返し説いてきた――選挙は軽率に行うものではなく、慎重に選ぶべきだと。
それが伝わっていないことに、苛立ちが募る。
「星徒界長と選挙するの、楽しみだぁ!」
「貴女の全力を、私たちに見せてちょうだい。」
彼女たちの声には、戦いへの渇望が滾っている。
まるで、選挙そのものが彼女たちの生きる理由であるかのように。
呆れると同時に、深い悲しみが胸を刺す。
この絶望の町で、星徒たちが守るべき希望や絆を捨て、戦いの快楽に溺れる彼女たち。
こんな脳筋で破滅的な者たちに、星徒界長の座を譲るわけにはいかない。
「私は負けない。秘密兵器があるのだから。」
心の中で繰り返し、双子の目を逸らさず見据える。
彼女たちの挑発を、叉武の耳障りな笑い声を思い出すと、恐怖が薄れ、沸々とした苛立ちが優越感に変わる。
わざわざ居場所を明かすなんて、愚かすぎる。こんな隙だらけの相手なら、私の勝算は揺るがない。
私は一歩踏み出し、選挙の戦場に立つ。