双子座の優等星②
私は黒白女聖。
皆から星徒界長や聖女と呼ばれている。
日がすっかり沈んでしまっても、星徒界長である私は毎日欠かさず学校の見回りをしている。
現在1クラスのみになって昼間使っていない教室があっても毎日欠かさず確認しなければならない。
そこには、誰かが許可無く棲みつき隠れているかもしれない。
その思いから、私は毎日欠かさずに教室を確認するようにしていた。
たった今、保健室で特待星の桜丘さんに帰宅するよう伝え、彼女が出て行ったばかり。
私の予想通りとはいえ、彼女が何事も無かったかのように帰宅出来た事には安心した。
学校の中で一際目立ち差別を受けている彼女でも皆と等しく保護する事は星徒界長である私の義務なのだから。
「…で、叉武さんは私のお手伝いをしにいらしたのですか?」
勝手に同行して来た女子星徒の叉武さんが私の許可無く勝手に保健室を物色していた。
「うぇへぇ、派手にやっちゃったねぇ!」
赤と青のリボンが特徴の優等星である叉武さんは、興奮を隠しきれていない嬉しそうな高い声を上げる。
その無邪気さと、目の前の光景のギャップに、頭がクラリとする。
保健室は、私の想像を遥かに超える惨状だった。
床も壁も天井も、部屋中が真っ赤に染まって鉄と焦げた肉が混じったかのような異臭を放っていた。
白かったカーテンもベッドも赤いヌメり感のある液体で染み込み、壁や天井にも飛び散っており、床にも沢山の骨や肉片が散乱している。
比較的大きな生き物が内部から破裂したかのような荒れ具合だった。
その爆発した元は今、叉武さんの足元に転がっていた。
腹部に巨大な穴が空き、胴体は炭のように黒く焼き焦げている。断面はゴツゴツと崩れ、まるで朽ちた木のよう。
両脚は付け根からもぎ取られたように胴から外れ、右脚は手前のベッドに投げ出され、左脚は奥のベッドの下に転がっている。
かろうじて残る靴下と靴だけが、それがかつて「人」だった証だ。
両腕も指先まで黒く炭化し、触れれば崩れ落ちそうな脆さ。
長い黒髪は先端がチリチリと縮れ、顔は顎から鼻先まで抉れて黒焦げだが、太い眉と長い目尻がかすかに残り、それが誰であるかを物語る。
まぁわざわざ確認しなくとも、この日に保健室で過ごしたのは桜丘さんと玉響さんだけなので、玉響さんであるのは確定している。
そもそも、2人を出会わせるよう仕向けたはこの私。
選挙になり、どちらかが敗北する事も私の計画通りである。
しかし…。
仕方が無いとはいえ、これを全て片付けなければならないかと思うと気が滅入ってしまう。
初見であれば我慢できずに吐いてしまうところだった。
「聖女様、この女、妊娠してませんが?」
白い制服が血で徐々に染み込み汚れているのも気にせず、しゃがんだ姿勢で遺体に大きく切り裂かれた腹部へ左腕を突っ込みかき混ぜながら叉武さんは低めの声で報告する。
「妊婦だからぁ特別扱いしてあげたのにぃ、ほんとムカツクぅ!」
耳障りな高い声で自身の感想を述べる叉武さん。
「そうね、劣等星の分際で私達優等星を騙すなんて良い度胸ね。」
今度は冷たく低い声で吐き捨てる叉武さん。
この叉武という女は交互に口調だけで無く性格まで変える癖がある。
桜丘さん程では無いが、彼女も学校で浮いている存在。
しかし、この幻想町ではそんな人はいくらでも存在するので、いちいち気にかけていたらキリが無い。
「でしょうね。彼女が妊娠でもした場合、とうの昔にパートナーが捕食されているでしょうから。」
そう、この血塗れで転がっている女だったものは妊婦であると言い出し、この保健室で寝る事が許されていた。
しかし、妊婦である事は嘘。
恐らく腹部にタオルか何かを詰め込み、境目がわかりにくいよう厚めのカーディガンを羽織っていたのだろう。
浅はかで卑しい女だ。
妊婦なら優遇されるからって偽装するとは。
だからこのような無惨な死でも憐れむ感情が生まれない程、彼女に相応しい最期だ。
私は冷ややかな目で見下ろし、鼻で笑った。
「じゃあ聖女様は知ってて彼女を妊婦として扱ってたんだ?」
叉武さんは私と同じような目付きで玉響だったものに視線を向けたまま立ち上がると私に問い掛けた。
無論、私は彼女が妊婦では無い事を知っていた。
だが、この絶望的な世界で妊婦は皆の希望にもなる。
今目の前で蔑んでいる叉武さんも腹部が膨らんでいる玉響を見た当時は非常に喜び、彼女なりに出来る限りのサポートをしていた。
叉武さんだけでは無く、星徒の大半も喜んでいた。
皆が絶望の町の未来に希望を託していたのだ。
玉響はそれを知って皆を利用していた。
「詐欺罪で軽い刑罰を与えるよりも、利用して罪を重ねて始末した方が良いでしょう。」
実害は少なくとも、皆を騙していたこの女の罪は重い。
罪深い彼女にエサという希望を与えてエサに滅ぼされる、星徒界長である私だからこそ出来る裁きを下した。
まさかここまで思い通りに事が運ぶとは思わなかった。
唯一思い通り通りにいかなかったのは保健室を派手に汚したぐらいか。
「やだぁ〜、聖女様ったら腹黒い!」
私達と同年代でありながら少しあどけなさが残る叉武がニヤニヤした笑みを浮かべて私を見ている。
ふん、何とでも言えば良い。
「なるほど、どちらが勝っても殺人罪で死刑にすると?」
今度は薄気味悪い笑みを浮かべながらも冷静に判断する叉武。
分かっていながら敢えて質問しないで欲しい。
「本来でしたらレットウセイもトクタイセイも存在しているだけで罪な事ですが、証拠不十分で敗訴してしまいます。」
私には法という権力がある。
その力を使って現在星徒界長の座を獲得し、その力で星徒達を半ば脅して従わせている。
しかし、その力は万能ではない。
「ですが、証拠が無ければ作れば良いのです。」
万能ではない代わりに私には秘密兵器があるのだから。
他の星徒達には無い、あるものを私は持っている。
だからこうして余裕で居られるのだろう。
「聖女様ったらぁ、こわぁい!」
叉武はまた甲高い声で煽っている。
いい加減、耳障りである。
「叉武さん、貴女も下手な事をすればそれ相応の罰が下る事を忘れてはいけません。」
私は知っていた。
今朝、叉武が桜丘さんの椅子に画鋲を置いた事を。
私はその現場を目撃したし、星徒達の半数が見ていた事も知っている。
しかし、それは被害者である桜丘さんが起訴しなければならない。
私の能力の弱点のひとつはそれだ。
だが、その事は目の前にいる彼女も他の星徒達も知らないので、ある程度の行動を制限する為ならばこの一言で十分である。
「リーガルハラスメントだぁ、こわぁい!」
再び甲高い声で叫ぶ。
嗚呼、ウザい!
「あと聖女様、私達は双子ですので、貴女では無く貴女"達"です。」
いちいち気にする必要が無い事を強調していちゃもんをつける叉武。
私は表面上は申し訳無さそうな微笑みを浮かべたが、内心では叉武の言葉に非常に苛立ちを覚えていた。
どちらの人格も耳障りで目障りだ。
「それは…、失礼致しました。」
まともに相手にするのが馬鹿馬鹿しくとも、冷静さを保つように心掛けながら彼女の言動に対処しなければならないと思い、表面上だけの謝罪の言葉を告げた。
しかし、時既に遅し。
「あ、これって侮辱罪で勝てるやつ?」
「勝算は上がったわね…、今なら」
恐らく最初から狙っていたのだろう。
直ぐさま叉武は血塗れの天井に向かって両手を上げて広げる。
そして
「私達は星徒界選挙に立候補します!」
制止する間も与えずに私に向かって笑いながら叫んだ彼女が眩しい白い光に包まれ、無惨な部屋も見えない程強い光を放った。
あまりにも強い光に私は両目を瞑り、両腕で顔を覆っていた。