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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
クモ座の劣等星
10/66

クモ座の劣等星⑤

◇◇◇


キーコーン、カーンコーン…


「ひぃ~きぃちゃんっ!」


チャイムの音と、柔らかくて温かい声。


私の名前を呼ぶ声に、重いまぶたをゆっくり開ける。


眠りから覚めたばかりで、頭がボーッとする。


保健室は、微かな光に包まれてる。

白いカーテン、硬いベッド、静かな空気。

まるで夢の中に浮かんでるみたい。


視界がぼんやりして、どこにいるのか一瞬わからなくなる。


左側から声がする。


体をそっちに傾けると――そこに、彼女が立ってる。

サラサラの黒髪が、窓の光を受けてキラキラ光る。

私と同じ制服なのに、なんか純白に見える。

ヒラヒラ揺れるスカート。


両目を閉じた顔は、まるで天使みたいに穏やかで、優しさに満ちてる。


ぼんやりした視界の中で、彼女を見つめる。


その声、その存在感。

まるで幻が作り出したみたいに、美しい。


胸が、キュッと締め付けられる。


え、ここ、天国?


思わず、そんなバカなこと考える。


「ヒキちゃん、こんにちは!」


まーちゃんの声が、今度はハッキリ聞こえる。


意識が少しずつクリアになって、彼女の姿もちゃんと見える。


天使でも女神でもない。

目の前にいるのは、間違いなくまーちゃん!


「まーちゃん!」


やったぁ!


まーちゃんとわかった瞬間、心がパッと花火みたいに弾ける。

天国に昇ったみたいに、胸が温かくなる。


まーちゃんが来てくれた! めっちゃ嬉しい!


まだ眠気が残ってるけど、心の中で大歓声。


「ヒキちゃんに会いたくて、来ちゃった。」


まーちゃんがニコッと笑って、黒いローファーをポイッと脱ぐ。


ためらいゼロで、私のベッドに上がってくる。

そして同じ毛布に、するっと入ってくる。


まーちゃんがすぐ隣にいる。

まるで恋人になったみたいな、ドキドキする距離。


顔、めっちゃ近い。

まーちゃんの顔、いつも見てるはずなのに、こんな近くで見ると、改めてキレイ。

両目を閉じたままのまーちゃん。

こんな角度で見るの、初めてかも。

おでこの縦の傷がなかったら、完璧な美少女。


「ヒキちゃん、またみんなから嫌なこと言われた?」


まーちゃんが、桜色の唇をへの字に曲げて、ちょっと心配そうに聞く。


私の顔、チラッと見て、全部お見通しって感じ。


「うん……でも、なるべく聞かないようにしたから、大丈夫……。」


そんな面白くない話なのに、つい小さく笑っちゃう。


でも、こうやって保健室にいる時点で、バレバレだよね。


あんなに人がいるのに、私だけ仲間外れ。

ひどい言葉の嵐、浴びせられ続けるの、ほんとキツい。


「まーちゃんが同じクラスだったら、よかったのに……。」


ずっと心の奥で思ってたこと、ポロッと口に出ちゃう。


でも、本心じゃない。

他の人、みんないらない。

まーちゃんだけでいい。


ボゥンッ!


「わっ?!」


突然、ビニール袋が破れる、鈍くてデカい音。


ビックリして、思わず目を閉じる。


目を開けると、まーちゃんが、顔くらいデカいビニール袋をバリッと真っ二つに破ってる。


中から、白い綿みたいなのがチラッと見える。


「ヒキちゃん、悲しいときは、甘いもの食べるのが一番よ!」


まーちゃんが、袋からふわっふわの綿飴を取り出す。

私の鼻先に、グイッと差し出してくる。


「うわ、綿飴! 超久しぶり!」


雲をちぎったみたいな、真っ白でふわふわな綿飴。

香ばしい砂糖の甘い匂いが、ふわぁっと広がる。


まだ食べてないのに、口の中でじゅわっと唾液が溢れる。

ゴクッと飲み込む。


「さ、どうぞ!」


「じゃ、いただきまーす!」


毛布の中でお菓子なんて、めっちゃ行儀悪いけど、まーちゃんから右手で受け取った瞬間、そんなのどうでもいいや!


大きな口開けて、ガブッとかぶりつく。

口に入れた瞬間、ふわっとした綿飴が、ザラッとした細かい食感に変わる。

舌に触れると、シュワァッと溶けて、砂糖の甘さが口いっぱいに広がる!


「甘っ! めっちゃ美味しい!」


ちょっと甘すぎて、口がイガイガするけど、このストレートな甘さが、なんか笑顔を引き出す。

ニコニコが止まらない!


毛布の中で、綿飴の甘い香りがふわっと漂う。

温かい空気が、私をそっと包み込む。

幸せな気持ちが、体中にじんわり広がる。


甘いものって、ほんと元気くれるんだね。


「じゃ、そろそろ遊びに行こっか!」


まーちゃんが、穏やかな笑みで私を見る。


ゆっくり上体を起こして、ベッドからスルッと滑り降りる。

ちょっと屈んで、靴をサッと履く。


振り向いて、右手を差し出す。


その瞬間――


「私は、セイトカイセンキョに、立候補します。」


まーちゃんでも私でもない、低い女の声。


天井から、ドンと響く。


周りの景色が、一瞬、真っ黒に飲み込まれる。


次の瞬間――赤、朱、茜、紅、真紅、濃紅。

真っ赤な椿の花が咲き乱れる木々に、ぐるっと囲まれる。


「な、なにこれ!?」


毒々しい赤一色の世界。


なんか、めっちゃ悪いことが起きそうな気配。

ゾッとして、ベッドから飛び起きようとする。


でも――動けない。


いつの間にか、白い毛布が消えてる。


体が、椿の花と花びらに埋もれてる。

頭以外、全部赤い花で覆われてる。


手足を動かそうとすると、なんか引っ張られる。


「ヒキちゃん、今助けるわ!」


まーちゃんが、私の異変に気づく。


両腕で、椿の花をガサガサ掻き分ける。


そしたら――白い絹糸みたいな束が、私の手足に絡みついてる。

左半身を下にしたまま、ガッチリ固定されてる。


まーちゃんは私を助けようと手を伸ばす。


でも、急にピタッと止まる。


何かを感じたみたいに、私に背を向ける。


遠くに、なんか浮いてる。


霧?

いや、固まって見える。


雲?


椿の絨毯が続く先、空から白い雲がスーっと飛んでくる。


ベッドくらいの小さな雲。

その上には、赤い椿色の着物を着た女の子。

真っ黒で、まーちゃんより長い姫カットヘア。

直立したまま、遠くから私たちを見下ろしてる。


雲が近づく。

彼女の髪に、椿の花の髪飾り。

おでこの左右に、白い牙みたいな角。


「まさか、貴女がヒキちゃんを……。」


まーちゃんの声、ピリッと鋭い。


「私はクモ座のレットウセイ、玉響椿緋女(たまゆらのつばきひめ)。」


雲の上の少女、椿緋女。

さっきの低い声で、ゆっくり名乗る。


「選挙に当選するために、貴女たちの命をいただきます。」


彼女の切れ長な紅い目が、ギラッと細まる。

真っ赤な舌が、チロッと出て、光沢のある紅い唇を舐める。

艶やかで、人間離れした仕草。

普段ならうっとりするけど、今は――ただの恐怖。


「名乗られちゃったら、仕方ないわね……。」


まーちゃんが、小さくため息。


私の方に、チラッと振り返る。


「まーちゃん!?」


驚く私に、まーちゃんが、安心させるようにニコッと笑う。

でも、その笑み、なんか少し悲しそう。


「大丈夫よ、ヒキちゃん。」


「まーちゃん……。」


突如、昨日のことが頭にフラッシュバックする。

まーちゃんの首、刃物で切られた瞬間。

真っ赤な血。

もし、また怪我したら――いや、死んじゃったら。


でも、まーちゃんの「大丈夫」。

今まで何度も、その言葉に救われてきた。

どんなピンチでも、絶対守ってくれる。


だから、私、まーちゃんを信じる!


大きく頷く私に、まーちゃんが、右目だけキュッと閉じる。

彼女なりのウインク。


そしたら、いつもの穏やかな顔に戻る。


再び、椿緋女の方へ体を向ける。


「私はアンドロメダ座のユウトウセイ、蝶想幻子(ちょうそうまぼろし)。」


まーちゃんの声、凛々しく、堂々と響き渡る。


初めて聞く、まーちゃんのフルネーム。

隠してたわけじゃないけど、こんな風に名乗るの、初めて。


ついに、その時が来たんだ。


「ひとりで挑むつもりですか? レットウセイ相手だからって、甘く見られたものですね。」


椿緋女の声、悪意にギトギト。

空気を切り裂くみたいに響く。


「ヒキちゃんを拘束しておきながら、よく言うわね……。」


まーちゃんの声、嫌悪感たっぷり。

ゆっくり、私から離れて、椿の絨毯に足を踏み入れる。


「私も、セイトカイセンキョに立候補します。」


その言葉は――戦いの合図だった。

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