獣神トール15
「はるか昔、日もなく月もなく、生い茂る草木も天も地すらもなかった頃、ありしはギンヌンガガップ。後にあくびする大口と呼ばれるがらんどうが口を広げていた。」
「深淵は沈黙と共にあり、現れしは偉大なる知性。知性は良心すなわちウォフ・マナフであった。」
「知性は真理とともにあった。彼女の名前はアシャ。そしてアリサイア。彼女は彼にこう呼ばれた。」
「偉大なるウォフ・マナフ、彼には共に歩むものがいた。」
「最善の統治、彼には聖なる献身が連れ添った。」
「完全には不滅が連れ添った。」
「ウォフ・マナフは言った。私達に等しいものがあふれるように。私達が私達であるように、と。」
「最初の太陽が昇った。草木は目覚め、獣達は這い出してきた。」
「すべて彼らと同じだった。彼らは互いに互いを尊んだ。同じことに安心し、違うことを喜んだ。」
「ウォフ・マナフは言った。我々がもっと強く、勇ましければ素晴らしいことだろう。」
「すると草原の中に雄ライオンは現れ、一匹の馬を捕らえて貪り食った。」
「ウォフ・マナフの良心は傷んだ。彼は一切から離れる決意をした。」
「彼はアリサイアを見た。黒い髪。緑の眼。その尊さの故にもう会うことは出来ないと知った。」
「私は一切を嘆きながらギンヌンガガップへ、あくびする大口へ下りて行こう。」
「泣いてばかりいてはいけません。」
「最善の統治は自らの青銅の鎧をきらめかせて言った。」
「私が共に行きましょう。」
「最善の統治は自らの伴侶、聖なる献身に別れを告げた。」
「完全は言った。」
「私は傷口を覆う健全、そして最良を求めた末の完全だわ。共に参りましょう。」
「完全は不滅に別れを告げた。それが故に完全なるものは儚く脆いものなのだ。」
「でもさ、」
話を聞いていた少年の一人が老人、シアルヴィに言いました。
「この家はボロいし、完全じゃないけど脆くて儚いね。」
「なら、完全てものはどういうものなのかを教えてやろう。」
シアルヴィ老人は不自由になった眼を細めながら明るい方に歩いていき、立て掛けてあった太い刀を持ち出しました。
「これは雷神トール様から頂いたすごい武器だぞ。これさえあればどんな魔物だろうと怪物だろうといちころだ。」
「ふうん。」
と少年は眼を見開いて言いました。
「僕達は今日それで、あんたの為のワラを刈ったんだからね。3人で9山もだ。確かに凄いぜ。」
短い夏のひとときでした。遠くの空で雷鳴が響き、雨粒の最初の一滴が老人の家の横にある、樫の木の葉を揺らしました。
「雨だ。」
と少年が言うが早いか、戸口の方で物音がしました。
それも下品な唸り声と、不快な鉄の武器がぶつかり合う音と共に…
「ここで待っていなさい。」
シアルヴィは刀を抜き払うと言いました。
「いつだってどこだって、準備出来てるからな。」
稲妻は沈黙を制しました。




