獣神トール13
獣神トールはすぐ脇にある深い水溜りに近づいていきました。
その左手の太い親指を、シアルヴィはギュッと握りしめました。
「心配するな。じきに会える。季節は夏だ。夏は狩猟期間なのだ。」
と偉大な神は言いました。
「多分すごく苦しいよ。」
とシアルヴィはか細い声で言いました。
「女や子供の、泣き叫ぶ声を聞くよりよっぽど楽だとも。」
「俺のハンマーを持っていけ。」
と雷の神は答えました。
「これはお前には扱えないだろう。だから刀も腰に差しておけ。決して武器を手放すな。」
「お前たち人間は悪さをしても悔い改めることができる。神は違う。間違えたら間違えっぱなしだ。」
とトールは続けました。
「はるか昔、人間は一度途絶えた。神々は自分たちの姿かたちに似せてそれを作り直したのだ。身体だけじゃない。その内側もだ。」
「その嘆きの声はきっと俺の耳に届く。誰かのために泣く心があればな。」
と少し寂しそうに言いました。
偉大な神はシアルヴィにミョルニルを手渡すと、緑色の沼に入っていき、そして見えなくなりました。
夏の日の稲妻の様な閃光と煙が立ち込め、辺りは暗くなったように見えました。
そしてそれは火打ち石のようにも見える黒光りする破片でした。
獣の舌のように赤々とした色で熱く燃え、沼の暗闇を裂いていました。
ゆっくりと下に沈むと肉に突き刺さりました。
そして深みへと潜っていきました。
「ロスクヴァ。火をつけたのはやりすぎだったかもしれない。」
と闇深い森の中で父親は娘に語りかけました。
「逃げ場がない。私達まで燃えてしまう。」
「仕方ないわ。敵の数が多いんだもの。」
すこし前にロスクヴァは魔物に、巨人達の荷物から見つけた一瓶の油を注ぎかけたのです。
すると魔物は火柱となりました。
にも関わらず死ぬことはなく、身の毛もよだつ悲鳴を上げて辺りを動き回ったのです。
途方も無い勢いの火が森に広がり、害獣共の群れはどこかに退散しました。
そして行く宛もない親子の周りを囲ったのです。
父親は自分たちに火が近づきそうになりと、例の大うちわで退けましたが火の勢いは益々強まりました。
「もうダメだ。」
と彼は落胆しました。
ふと魔物を見やるとそれは動きを止めました。
そしてその身体から何かが落ちました。悲鳴をあげてこちらへかけてくるのが見えると、親子の心に希望が戻りました。
「来たよ!」




