獣神トール12
二人は離れないように連れ立って、赤黒い洞窟の中をひっそりと進みました。
やがて輝くナイフの光は、平らな肉の壁を照らして止まりました。
「まいった。」
とトールは赤いモジャモジャのヒゲを引っ張りつつ言いました。
「行き止まりぞ。」
「じゃあ戻ってみようよ。」
とシアルヴィ。
「忘れたか。」
とトールは答えました。
「俺たちは落ちて来てからずっと曲がったり折れたりしていないだろう。一本道を歩んできたのにこれだ。」
シアルヴィは、途端に全てが怖くなりました。
周囲の暗闇や、生臭い臭い。ポタポタと水が垂れる音。
今まで気にしていなかった事柄がすべて、自分自身を握り締めているかのように感じました。
「最初の所に戻ってみようよ。ねえ。」
彼は雷神にすがりついて言いました。
「お前の案や弱音はいくらでも聞いてやる。だが泣くんじゃねぇぞ。泣くと急に疲れるからな。一段落してからにしろ。何かと戦っている最中に泣くのは駄目だ。」
と獣神は力強く言いました。
「………妹と父さんが心配だ。早く帰らなくちゃならない。」
少ししてシアルヴィは言いました。
「…シアルヴィ。」
と獣神トールは少し考えて語りました。
「お前は背の高い、訳の分からん事を話す男に出会ったか? ついさっき。」
「知っているのかい? この光るナイフは彼から貰ったんだよ。」
「彼は俺の父親なのさ。近くにいると分かる。もしかしたらと思ったんだ。」
とトール。
「すべてが終わったら、お前はその男にあるものを渡しに行け。そのあるものとは一個の砥石だ。」
と続けて言いました。
「どういうことだい?」
「さっきの気のふれた男、イオンと言ったか。彼のしたことを覚えているか? 自分の身体にそこらに溜まっている汁をかけて溶かしたのを? 俺の身体を溶かせば一個の砥石が出てくる。それが見かけの俺を超えた、俺そのものなのだ。」
「………」
「その砥石はこの世のもので他にないほど尖っている。この肉のクソ忌々しい壁も貫いてしまうだろう。」
「駄目だ!」
シアルヴィは叫びました。
「落ち着いて聞け。」
とトールは続けました。
「例の背の高い男、俺の父親に俺自身を、その砥石を渡してくれ。俺を生んだときと同じように肉を付けて生き返らせてくれる。お前のことだってちゃんと覚えているさ。」
シアルヴィは相槌も打たずに黙って聞いていました。
「ちょうどそこに大きな窪みがある。俺ならちょうど沈むくらいのだ。」
「俺の身体が全て溶け、砥石が出てきたらお前は何もしなくていい。勝手に砥石は落ちて、魔物の身体を裂いて地面に落ちるだろう。拾うときに手を切らないようにだけ気をつけろ。」
それだけを雷神は語るのでした。
「トール様。」
とシアルヴィは語りかけました。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「雷に聞け。それが俺だ。」
とトールは答えました。




