アースガルドと火の女神7
その集落は滅びへと向かっていました。
馬や羊たちは殆どが屠られ、残った仔達は痩せ衰え人々は更に飢えていました。
疫病は老人や子供達の上を飛び交い、容赦なくその健康と熱とを奪っていきました。
キンメリアの大草原の只中で、大人達は女神タビティに詰め寄り口々に不平を言いました。
「あんたは私達に生命と、暮らしの平穏とを約束してくれた筈だ。それはどこに行った?」
「私達は事あるごとにあなたに捧げたわ。貴重な子羊を。そして馬を。」
人間達にタビティは言いました。
「これらの事はあなた方自身がもたらした事の筈ですよ。私はあなた方に十分な実りを与えました。穀物も肥えた家畜の肉もね。しかしあなた方自身の貪欲さが自身をも食らい尽くしたのだわ。」
「女神タビティ。」
と男の一人が言いました。
「私達は確かに時折貪欲過ぎたかもしれん。しかしたまに食いすぎたり酒を欲したりすることが悪しきことかい? 世の中の様々な事柄で疲れ切ったときには普段よりほんの少し、が必要なんだ。」
「作物が如何様にして実るか、家畜がその母から這い出るのか知らぬ者達、」
とタビティは答えました。
「預かり知らぬのなら謙虚になるべきだった。」
もう一人の男がタビティに食いつきました。
「あんたの凄さはな、ただあんたが神だって事唯それだけだ!」
タビティはその白い顔を男に向け言いました。
「隣家を貪ってはならぬ。特にかまどの守護者たる女は。」
男は叫びました。
「飯をくれないからだぜ! タビティ! だから俺は代わりに隣の女房を食ったのさ!」
周りの者たちは彼を取り囲み、八つ裂きにしました。
「預かり知らぬのなら謙虚になれ。」
とタビティは言いました。
「タビティ、我々の知っている事は貴方に遠く及ばない。」
とさっきの男が言います。
「私達の謝罪を受け入れてくれるかい?」
「全ての初子は私のものだ。牛でも、馬でも、羊でも、人でも。」
と火の女神はそう答えたのです。
人々は集まって話し合い、どうやったら女神を殺せるか相談し合いました。
そして若い男を一人タビティの元へ行かせました。
「タビティ。あちらへ行きましょう。美味しいご馳走を用意致します。」
と彼が女神の手を引こうとします。
「気安く触らないで貰おう。」
と低く神は声をあげました。
若い男は悲鳴をあげました。
焚き火に近づけたかのように、その手は醜く膨れ上がり皮がめくれていました。
「殺してやる!」
と彼は短刀を抜きました。
すると女神のいた場所には巨大な灰色の狼が立っていました。
そして短刀ごとその男の腕を貪り食い、噛み砕いたのです。
つんざくような悲鳴を聞いた住人達は、火の粉の様に舞い散って逃げて行きました。
女神は旨くもないその若い男の肉を貪り食いました。
あばらを食い破りながら両の眼から涙を流しました。
「何処にあるのだろう。」
と彼女は呟きました。
「生命と平和のある場所は。」
雨が降り出して女神の汚れた顔を流しました。
白い顔を地平線の向こうに据えて歩きました。
一頭の馬が駆け出して彼女に付き添いました。
「馬はいいな。」
とタビティは言いました。
雨を凌ぐための場所を探さなければならないと感じました。




