獣神トール10
シアルヴィはうっすらと輝くナイフを掲げると森の魔物へと近づいて行きました。
月明かりのようなそれを避けるようにして虫ども、ネズミ共の群れは脇に退きました。
トールは地震のような激しさで獣共を踏みつけながら魔物を攻撃しました。
カタカタ、と音がして魔物の首がシアルヴィの方を向きました。
その時、神も人間の親子も見たことがないような出来事がありました。
魔物の乾いた瀬戸物のような体が破れ、見上げるような巨体が姿を表したのです。
周りの松や、樫の樹よりもそれは大きかったのです。
そして近づいてきたシアルヴィと雷の神とを、まとめてつまみ上げて丸呑みにしてしまいました。
父親と妹は悲嘆の叫びを、暗い森に響かせました。
「いてて」
とシアルヴィは呻きました。
かなり高い所から落ちて来たように思えました。
近くから獣神の声がします。
「シアルヴィ、無事か。」
「大丈夫です。」
「お前は自分の武器をちゃんと持っているか。」
とトールは尋ねました。
「持っているよ。」
とシアルヴィは答え、輝くナイフとトールから借りた太い刀を示します。
「よくやった。それだけで上出来だ。」
とトールは言います。
「どんなときでも武器を手放さなければ生き抜く事ができる。それが肝心だ。俺も自分のハンマーをしっかり持っている。」
「このナイフのおかげで、暗くても互いの顔くらいは見ることができるね。」
とシアルヴィ。
「ねえ、巨人殺しさん。あなたはトール様でしょ?」
「様なんて付けられると気を使っちまうな。さんを付けりゃいいんだ。他人にはな。」
とトールは答えました。
「これからどうすればいいんだろう?」
「察するにここはあの化け物の胃の中だな。入ったところから出るか、もしくは。」
「出て行くところから出るか、だね!」
とシアルヴィは陽気に答えました。
「お前はこの暗い道のりでも明るくいられるかな? 明かりに頼らず自分自身を照らして。」
とトールは呟きました。
二人はブヨブヨした魔物の身体の中を進みました。
やがて道の先に有り得そうにないものが見えてきたので歩みを止めました。
ぼんやりしたナイフの明かりが、一人の男のくたびれた身体を照らしました。
「あなたはだれ?」
とシアルヴィは尋ねました。
「イオンと呼ばれている。」
と男は答えました。
「あなたも飲み込まれてきたの?」
「大体そうだ。」
「大体?」
「シアルヴィ、どきな。」
とトールは身を震わせ、自身のハンマーを掲げて男の前に立ちました。
「いいか。こういうのは大体な、大概ろくでもねえっつうか、そうだな。こいつは見るからに怪しい。」
とトールは男を睨みつけながら言います。
「予言者を害する罪は、全ての人間の眼を潰す罪に値するだろう。」
と男は深く響き渡る声で言いました。
「万物は苦行のさなかにある。」
「トールさん。放っておいて先に進もう。」
とシアルヴィは助言しました。
「予言。」
と男は言いました。
「嵐の神は海の蛇と闘い、ともに死ぬだろう。神は蛇を殺すが、毒の故に死す。」
トールは改めて男に向き直りました。
それは神々だけが知っているはずの秘密だったからです。
「話をしようか。」
とトールは男の前に腰をおろしました。




