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始まりの神話  作者: ロッドファーヴニル
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獣神トール7

お久しぶりです!

シアルヴィは走ってきました。

人気のない空き家の中です。

斜めになった戸をこじ開けて中へ入りました。

湿った暖炉の横へ尻餅をつくと泣き始めました。


うちへは帰れない。そう思いました。

家では母親がたった一人で鍋の番をしているだけ。

頼れる大人はいませんでした。

それにあのギザギザの形をした口を持つ大男。

彼が今もなお森をさまよい自分を探しているであろうことはシアルヴィにも分かりました。



ふと戸の奥から鳴き声がしました。

シアルヴィは慎重に近づき戸を開けました。

すると見覚えのある白い顔が人懐こそうに彼を見上げました。


あの仔ヤギがシアルヴィを訪ねてきたのです。

「助けに来てくれたんだね。」

とシアルヴィは話しかけました。

黄色い歯の友はメェと低い声でいななきました。


一人と一匹は少しの間二人でじっとしていました。

「君はこう言いたいんだろう。さっさと家へ帰りなさい。道案内をしてあげるから。今日起きたことは全部忘れなさいって。」

とシアルヴィは言いました。

「君はどうやってここへ逃げてきたの?」


そのとき突然暴風が戸を叩きつけました。

猛吹雪のような凄まじい男が家の中へ入ってきました。

顔は大きな帽子で隠されて殆ど見えませんでしたが恐ろしく冷たい雰囲気のある男でした。

凍てつく気配に一人と一匹は身を寄せ合いました。


男はどこの国の言葉かも分からない言葉でシアルヴィに怒鳴りました。

一言も分かりませんでしたがしかし彼にも、勝手に他人の家で何をしているのだというたぐいの話だと何となく分かりました。


「ここに隠れさせて下さい。お願いします。」

とシアルヴィは言いました。

男はなおも異国の言葉で怒鳴りました。

そして一旦落ち着いたかと思うと乾いた指先で仔ヤギを指差しました。


男は部屋の隅によると火打ち石を持ってきてシアルヴィを横切り暖炉のそばに屈みました。

何事か囁き、石を打ち合せるとすぐに明るい火が灯りました。

そして仔ヤギに近寄るとまるで赤ん坊のように抱き抱え戸の外に向かいました。


火の暖かさで力が抜けたようになったシアルヴィでしたが、しばらくしてハッと気がつくと外へ飛び出しました。

すでに仔ヤギは庭の木に逆さ吊りにされて血を抜かれていました。

男はシアルヴィにきらめくナイフを手渡しました。

そして自らも短刀をふるいヤギの皮を綺麗に剥いでいきました。


シアルヴィは仔ヤギの死体を見ると何かしなければならないと感じました。

男が見ている前で、彼は仔ヤギの筋肉を骨から剥ぎ取り脂肪を集めました。

シアルヴィは肉などほんの僅かな機会しか食べたことはなく、家畜を殺したこともありませんでしたが、男がまた訳の分からぬ言葉で怒鳴り散らし手振りで示すのを見てそれを学びました。


肉を切り終わるとそれらを鍋に入れ、かまどで良く煮ました。二人でその肉を貪るように食べました。

食べ終わると男はこう言いました。

「誰でも生きていて幸せを味わえるのが良い。」

シアルヴィは言いました。

「今も俺の妹は巨人の悪党に捕まっていて、俺を助けてくれた人は灰色のマントの向こうでもがいてる。」


「貴方は何という名ですか?」

とシアルヴィは尋ねました。

「ワシはボルヴェルク、(わざわい)のもたらし手で、歩く呪い。仮面を被るもの、グリームニル。そして激しく怒る者、人はワシを運命と呼ぶ。」

と男は答えました。


「そのナイフを持っていきなさい。それは常に君が行きたい道を指し示してくれる。恐れてはならない。決して振り返ってはならない。」

シアルヴィは頷きました。

「勇敢なものはどんな恐怖に対してもいつでも快活に笑う。人は死するその時まで明るく笑って過ごすべきだ。」

と男は言いました。


小雨は再び重苦しい雨に変わっていました。

シアルヴィは小屋を出るとぼんやり光るナイフに導かれ、迷わず歩き出していました。



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