獣神トール1
雷神トールの冒険譚です!
深淵の子は暗闇の奥底で呻いていました。
偉大なる神々の王は天空の深みから揺らめく幻のようなそれを千切り取りました。
火打ち石のような、砥石のような光るそれは冷たく横たわる身体へ、肉の牢獄へと封じられたのです。
深淵の子は細く差す朝日に顔をしかめ唸りました。
彼の暴れ狂う魂は、いや精神は、上天に帰らんともがき震えました。
燃え盛る荒野のようなあごひげ。
焼けただれる火口のような双眼。
彼は小高い丘のような巨体を起こしました。
偉大なる稲妻の館で、彼は肉とパンの食事を少しだけ摂ると刀と麻袋を手に取り冒険に出掛けました。
「夏には狩猟をせねばな。」
と彼は言いました。
雷の神トールは稲妻の館を後にするとアースガルドの北方、最も険しい崖の方へと足を伸ばしました。
彼は重すぎたのです。人間の世界へとつながる虹の橋を渡っていくには…
深淵生まれの神は崖の上から奈落を見下ろし、少しの傾斜を見つけては降りていきます。慎重に…
最も小山のようなその身体が時折滑りながら、小石やら大岩やらを転がしながらですから、降りていくというよりは少しずつ落ちていくと言ったほうが合っていたのですけれども。
崖の下の所まであとようやくもう一歩と言うところで雷神トールは、何やら騒々しい声が聞こえることに気付きました。
それは祭りや宴会で聞かれるような、平和で幸せに満ちた笑い声とは似ても似つかないものでした。
谷底で、一人のみすぼらしい身なりの少女が取り囲まれていました。
周りにいたのはたった二人の少年でしたが幼い少女を怯えさせるには充分でした。
彼らは彼女の汚れた服を引っ掴んで脱がそうとしていました。
するとそこにもう一人の少年があらわれ、掴みかかっていきました。
女の子と顔が似ていて兄妹だと思われました。
貧弱そうな身なりでしたが悪童二人に立ち向かっていきました。
しかしいとも簡単に弾かれてしまったのです。
尖った岩場の間に投げ出されて血を流しました。
それを見た稲妻の神、トールは自らの心に怒りが宿るのを感じました。




