復讐神ヴァーリ
Loddfafnir@小説家になろう
@wiihaz
よろしくお願いします!
神の中の神オーディンは長い時を生きました。
時そのものの様に年老いた神は、時折自らの足跡を振り返り嗚咽します。
多くの物事が彼の周りを過ぎ去り、多くは気の利いた別れさえも言えませんでした。
その考えを知るものはなく、その思いを共に分かち合う友もおらず。
いつしか孤独と狂気が、彼の心の奥深くまでをも蝕んでいたのです。
彼は彼自身の記憶を飛ばし、最も重要な思い出を取り出させました。
輝く狩人。強い戦士。彼の理想。もう一人の彼。
光の神バルドゥルは自らの父親の姿を、記憶の奥底から見ていました。
オーディンは狂おしい激情に囚われました。
可愛いバルドゥル。私の息子。しかし過酷な運命が二人の間を分かちました。
誰が?
と自問したときに彼の心の一部分が壊れました。
彼の額は黒く染まり、やがて血が溢れ出しました。
骨を突き破り一人の神が生まれ出たのです。
「復讐するものヴァーリ」
と若い神は名乗りました。
彼は成人して、武装した状態で男のオーディンの頭から産まれたのです。
「復讐せよ。」
とオーディンは言いました。
「誰に?」
とヴァーリは問います。
「探せ。見つけ出せ。」
とオーディンは答えました。
「そして殺せ。」
と。
神オーディンは産まれたてのヴァーリを霜の世界ニヴルヘイムの奈落へと落としました。
そこでありとあらゆる試練に遭わせたのです。
真っ赤な谷の如くに傷を広げる霜焼け…盗賊…餓え…寒さ…そして身も凍るような恐ろしい眼をした狼の群れ。
寒さと恐怖と理不尽さへの怒りが幼い神の心を歪ませました。
やっとのことでアースガルドへと帰還したヴァーリに、神々の王は贈り物を与えました。
その贈り物というのは一対の曲がった剣。
彼の両方の手に付けられました。
決して外せないよう魔法の紐で結ばれました。
ヴァーリは自分では食べられないことに気付きました…
鋭く尖った切っ先ではパンもスープも取ることが出来なかったのです。
ヴァーリは空腹に耐えかねると人間の世界に姿を表し、哀れな農民の家に押し入り俺に食わせろと要求しました。
鋭く尖った鎌のような両手で脅したのです。
たらふく食べると彼はビールを飲みたくなりました。
「ビールを持ってこい。あるだけだ。」
と彼は怒鳴りました。
「なんて厚かましい客人なの? それとも強盗なの?」
家の娘が奥から出てきて、何でもない風に彼に言います。
彼女は眼が見えませんでした。
「人になにかして欲しいときはお願いをするものよ。」
ヴァーリはガックリと膝を付くと泣き始めました。
娘も一緒に泣きました。
ヴァーリは娘が愛おしくなって抱きしめました。
彼女は細切れになってしまいました。
ヴァーリは竜巻のように、嵐のようにグルグル回ります。
グルグル回りながら家を出ました。
「アースガルドへ行き、父オーディンを殺そう。」
とヴァーリは自分自身に言いました。
「英雄にはなれなかったが、大悪人には成れる。」
と言いました。
アースガルドに至る虹の橋の門の前に男がひとり立っていました。
男には右手がありませんでした。
「面白いですね。そうでしょう?」
とヴァーリは笑いながら言います。
男は寂しそうに笑いました。
「愛の代償は高かった。」
と言います。
「人は誇り高く生きるべきだ。孤独であるしか誇り高くいられないなら、孤独に生きるべきだ。誇り高く。」
と言いました。
「私の盾の館を与えよう。」
と男は更に言いました。
「野に咲く花はどれも美しいと思うだろう。しかしその種の殆どは咲けなかった花なのだ。」
と言いました。
「だからといって誰も責めはせぬ。」
と。
ヴァーリは主のいない館に住んでいて、毎日訪問者の相談や訴えを聞きます。
ヴァーリは法の外にいて法を管理し、法によって裁くものとなりました。
全ての釣り銭をごまかす詐欺師、いかさま師、ペテン師、いわれなき中傷者、暴力、殺しを行うものは恐れました。
彼の両手の一対の刃。
その鈍い色の輝きを。




