アースガルドと火の女神5
ローズルはテュールと分かれると直ちにタビティの元へ向かいました。
「やあ。タビティさん。」
と彼は声をかけました。
タビティは倒れた丸太に腰掛けて、豊かな金色の髪を鉄の櫛でとかしていました。
「ごきげんよう、ローズルさん。昨日は残念でしたね。」
と返事をしました。
「何が?」
とローズル。
「私が湯浴みするところや、素っ裸で眠るところを見られなくて残念でしたねと言うことです。」
と彼女は言いました。
「やだなぁ。」
とローズル。
「僕はただ貴方が夜の間中ずっと金色の眼を開けたままにして、辺りを見るのが珍しくて見入っていたんだよ。」
「嘘ですね。」
とタビティ。
「それなら何故茂みの中に隠れていたのかしら? まだ落ち葉がついていますよ。」
とタビティはローズルが着込んでいる、ぶ厚い暗色の上着の肩を撫でました。
ゾッとする感触の冷たさに彼は思わず後ずさりしました。
「嫌ですねぇ。」
とローズル。
「何にでも鼻が利いて、夜中ずっと目を開けて羊やウサギがいないか聞き耳を立ててる。これは一体何でしょう?」
その言葉を聞くとタビティは本来の姿を現しました。
灰色の毛皮をまとった、それは大きな狼だったのです。
金色の両眼は、夏の夜に光る稲光のように輝きました。
「お前の首筋に噛み付いてやる。この鉄の歯で。それからハラワタを食い破ってやる。」
と彼女は吠えました。
「それが僕の運命ならしょうがないね。」
とローズルは落ち着いて答えました。
「怖くないのか?」
とタビティは問いました。
「死んだあとも残るものがある。僕が残していく名誉だ。」
とローズルは答えました。
「ほう。」
とタビティは唸りました。
「お前はこの世に、一体どのような名誉を残していくのだ?」
「僕だってアースガルドの戦士。命知らずの戦士にあっては、常に今この瞬間だけがあるのさ。向こう見ずさで名を残すに違いないぜ。」
「ほう。」
とタビティは唸りました。
「だが私には時が有り余るほどあるのだ。お前の身体をバラバラにした後は神々の父、オーディンを丸呑みにしてやる。そして勇ましいテュールと共に、アースガルドを治めるのだ。永遠にだ。」
「それはいけないね。」
とローズル。
「永遠なんて言葉は英雄の伝説には載ってないぜ。そして愛し合う恋人達にとっても同じ。今ある一瞬だけがあるのだよ。嘘もない。真実のみがある。」
「お前は何か私を騙そうとしているな。」
と狼は唸りました。
「お前の全てから、声から、表情から、信用できない者の匂いがする。」
心変わりするものの仮面は外れました。
「左手から君に差し出すと誓うよ。」
とローズルは言いました。彼の足元には水溜りが出来ていました。
「では右手からだ。」
狼は彼の右手を噛み切りました。
アースガルドの神々の殆どは未だ寝静まったまま、朝日に揺らめく草原に騙す者の絶叫が響き渡りました。




