アースガルドと火の女神4
ローズルがテュールに会いに行く前のこと、
神の中の神オーディンは一人苦しんでいました。
キンメリアから来たタビティの一行を出迎えた次の日の朝、いつものように彼は二羽のワタリガラス、思考と記憶を空に放ちました。
彼らは毎朝こうして旅立ち、夕べには帰ってきます。
そして明るい空のもとで行われた全てのことを、神々と人々が話した全てのことをオーディンに伝えるのです。
しかし今日はいつになく早く…オーディンが朝食の席について間もなく帰ってきたのです…
携えてきたのは世界で起きた不吉な出来事でした…
思考はたどたどしく、しかしはっきりした口調でナイフを握りしめるオーディンに向かって言いました。
「ヨツンヘイムの巨人達は棍棒に縄を巻きつけ、戦争の準備をしている! 強い男と女同士が絡み合って、戦士になるべき子を望んでいる!」
記憶は慎重な、しかし重々しい様子で見たことを伝えます。
「人の世に悪がはびこっている! 未来を見通せる、と蛇のように狡猾に絡め取る詐欺師が予言者気取りで、人々から金を巻き上げている!」
オーディンは、湯気の立つ美味しそうな肉の食事を二匹の狼に投げました。
そして自分自身に魔法をかけると一匹のタカになりました。
窓から飛び出すと雄叫びを上げて、運命の女神ノルニルの住む森へと一飛びで駆けつけたのです。
木々を抜けるとオーディンは変身を解きました。
3人の女神が老いた魔法使いを迎えました。
ノルニルの一人「必然」は言います。
「オーディン、あなたは気付いていない! 物事には終わりが来ることを。戸棚の隅に追いやってもそれはある。」
ノルニルの一人「偶然」は言います。
「オーディン、あなたは忘れてしまった! 戦争の反対は平和、生の反対は死だということをね!」
ノルニルの一人「運命」は言います。
「オーディン、キンメリアから来た狼が貴方を飲み込む。足跡は野火となって世界中を焼くだろう。」
神々の王はそれだけを聞くと再び変身して舞い上がりました。
城へ帰ると使いを出しローズルを呼び出したのです。
彼はたった一人で、眠い目をこすりながらやって来ました。
「なんだと言うんだい、こんな朝早くに。」
「今朝私が知ったこと。それについての憂いのこと。」
とオーディンは答えました。
「いつだって、知っているということは知らないということより、ちょっとばかりはマシなもんさ。」
とローズルは言いました。
「タビティを、あの小娘を捕らえて殺さねばならぬ。今すぐにだ。」
とオーディン。
「やだなぁ。」
とローズルは答えます。
「女一人を殺したからってオーディン、君の名誉のために何にもならないぜ。」
「タビティを殺さねばならぬ。今すぐにだ。」
とオーディン。
「嫌ですねぇ。」
とローズルは答えます。
「堂々と正面からだまし討ちするのが貴方の流儀でしょうに。いつかの日のようにさ。今の貴方の様子じゃまるで酒場で侮辱を受けた酔っぱらいの若造じゃないか。」
「タビティを殺さねばならぬ。今すぐにだ。」
とオーディン。
「嫌んなっちゃうなぁ、全く。」
とローズルは答えます。
「わざわざ僕を呼んだからには僕の、白くて輝く手を借りたいからですね、そして口も。」
と彼は自らの唇を横に伸ばしてみせます。
顔からはみ出るくらい横に。
その快活な様子はいくらか年老いた魔法使いの苛立ちを静めました。
彼は苛立たしく歩き回り、あちこちを見、そしてローズルに言いました。
まるで自分で自分の足を踏んでしまったときに悪態をつくように。
「タビティを殺さねばならぬ。今すぐにだ。」
「戦争の反対は平和、生命の反対は死、男と女、昼と夜。」
とローズルは言います。
「勇敢で命知らずの、若い戦士。広い世界と狭い家を望んでいる若い女。」
「火に水をかけて更に燃やし、油をかけて消すなんて芸当が出来ると思うかい? 僕になら出来るよ。」
「貴方は座って待ってなさいよオーディン。貴方には難しい事だろうけど。」
朝日を浴びて出ていくローズルの背中は黒く渦巻いて見えました。
それを見てオーディンは苛立たしげに腹をさすり、空腹に顔を歪ませるのでした。




