アースガルドと火の女神3
「彼女には結婚を誓った人がいるんだよ。」
ローズルは重々しく口を開きました。
「…そうか。それは結構なことだな。」
テュールは落ち着いて答えました。
「気にならないかい?」
「ちょっと待て。」
テュールは言います。
「何故お前がそんなことを知っている? お前は昨日彼女に出会ったばかりだろう。」
「やだなぁ。」
とローズルは答えます。
「僕がオーディンの弟分で、彼と同じくらいの年寄だってこと知ってるくせに。僕だって世界中を歩き回って学んだんだ。君の知らない色々なことだって、この光る頭に詰め込まれているのさ。」
「それで?」
「昨日の夕べ彼女と話してね。というのもキンメリアの大平原のすぐ近くで僕は暮らしたことがあってね。話があうので沢山の事柄を話し合ったのさ。」
「冬に吹く冷たい風のこととか、地平線に見える頭みたいな天幕の家々…」
「そんな話、今までお前から聞いたことがない。」
とテュール。
「やだなぁ。」
とローズルは答えます。
「わざわざ聞かれもしないことを、僕が進んで教えてあげるわけないじゃないか。君の眼には僕がそんなにお喋りで親切に見えるってのかい?」
彼はおどけてみせました。
「でも今は質問をされているから、質問されただけのことを返す必要があるね。」
それからローズルは、アースガルドの神々が見たこともない、聞いたこともない地方の話をし始めたのでした。
それはバラバラになった素焼きの欠片を集めるように慎重に、ですが手際よく…
彼は拾い集めて一繋がりにしたのです。
最もそうやってできた話というのは結局の所、偶然彼の頭に閃いたというだけの「でまかせ」という代物だったのですけれど…
しかしローズル、火を語れば熱さを感じさせるほどの話し手でした。
しまいにテュールはこの詐欺師の言うことを信じるようになりました。
「お前はどうしてこんな話をしに俺のところに来た?」
とテュールは言いました。
「彼女は君に助けを求めているんだと伝えにだよ。」
とローズルは答えます。
「彼女の結婚相手はさ、それはまぁブクブクに太ったいやらしい男さ。その7本の指にはキラキラ光る趣味の悪い金の指輪。彼はタビティをその8本目の指にはめ込むつもりなのさ!」
「彼女が嫌がっていると言うなら、そいつの所から奪ってやるさ。代わりに刀傷と墓土をくれてやる。」
テュールは息巻いて言いました。
「やだなぁ。」
とローズルは言います。
「そんなことしたらアースガルドの神々と、彼女の一族との争いになっちゃうじゃないの。」
「ならばどうすればいい!」
「その男から宝物を奪おうってんならテュール、君が相手に変わりの宝物を差し出せば済むことだ。」
「俺は剣と槍を持っている。盾で飾られた館も持っている。」
ローズルは静かに首を振ります。
「世の中うまく行かないこともあるものさ。」
ローズルはテュールに話を続けます。
「君のことを皆尊敬しているよ。君なしでは争いごとの調停なんかできゃしないってさ。皆何かを誓う時にこう言う。『テュールの右手にかけて』ってね。彼女を助け出したいなら剣に頼ることなしに解決する方法を、考えないとね。」
テュールは黙って自分の手を見つめました。




