追憶のあの日~ギルド試験5
◇◇◇
「あ~、やっちまった」
立ち止まったジェイコブに釣られてエリンも立ち止まった。
「どうかされました?」
「いや、ついな。いつもの要領でやっちまったがこれは坊主の実力試しだったってことを今更ながらに思い出しちまった」
エリンとジェイコブは長い付き合いだ。エリンの記憶の中にはジェイコブの足元を付き纏う幼い自分の姿があった。そこから五歳で訓練を始めた後に時折付き合ってもうようになっていた。
常に『シラフ(スキルを使用しない状態)』で対戦相手になってもらっていた事が仇となったようだ。
何が問題かと言えば、エリンの冒険者としての実力を測れなかった事にあった。
『スキル無くして、冒険者の実力を語れない』その常識を失念していたのだ。
『冒険者』は害をなす魔獣、ダンジョン、人外魔境などのあらゆる危険と向かい合う。
命をかけて相手の命や宝を奪い合うのだからそこに手加減はない。あらゆる手段を駆使して必死に生き残ろうとする。当然、スキルや魔法込みだ。
実は、ジェイコブは部下全員のお目溢しを得て『禁じ手(職権濫用)』と『嘘の登録試験』をかこつけて『エリンの実力測定』を敢行していた。それは元パーティーメンバーからの嘆願でもあった。それにも拘わらず満足な仕事が出来ていなかったのだ。
エリンは問いかける――『無くはないだろう』と思いつつ。
「――なにか問題でも?」
「いや、『冒険者』として登録する分には何の問題もないな。……ボソ(そもそも試験とかないし……)坊主なら今の状態で十分通用する。そう判断できる。……それは置いといてだな、さっき使ってたスキルの構成を確認させてくれや。記憶が新鮮なうちに言葉でいいから。……ボソ(もう一度はちょっと勘弁してくれ!)」
太鼓判を押しつつもゴニョゴニョと言葉を濁すジェイコブは『シラフでやっちまった』の言葉の通り、素の状態で先程の対戦を完走してしまったようだった。
――ジェイコブの鑑定系のスキルは戦闘中にのみ発動するタイプで使い勝手が悪い。
『だから言葉で良いから』と説明を求めたのだ。
エリンとしては再戦も吝かではなかったがジェイコブは年齢的に堪えるようだと考えた。
「ボク、いや、オレ、スキルなんて持ってないですよ」
「え?」
「え?」
エリンはスキルを持っていなかった。
だから不安に思いつつこちらから切り出した。
『先に煙に巻いておく』か『大丈夫の言質』を取ろうとしたのだが『今の状態で十分通用する』という望外の返答に安堵の表情をひた隠しつつ、いま告白した。
そして目にした――珍しくも唖然とした表情のジェイコブを。
いつも難しい顔かニヤニヤした顔しか見たことがなかったので、思わずエリンもニヤケ顔でオウム返ししてしまった。そちらの方が印象は悪いのだが、隠せなかった。
――エリンは想定外の事態に弱いかった。
「本当にスキル持ってないのか? さっきのは……マジかよっ⁉ あっ、じゃあ五歳の洗礼もまだって事か?」
「はい、まだです。ジョブの適性もわかってません。剣術ばっかり訓練してましたがひょっとすると魔法使いかもしれません……母さん曰く『そっちの適性は十分以上……神』だと言ってました」
「かぁ~ルティアのヤツ、お前が生まれると同時に聖女投げ捨てて還俗したからおかしいとは思ってたんだよ。それをお前さんにまで…………いや、シラフでそれかよっ⁉」
――人は生まれながらにして必ずひとりひとつは天職を有している。
『天職とは個々の最も適した職業を指し示す天からの啓示のことだ。
天職『パン屋』が靴屋になっても問題はないが、天職に沿った研鑽を積むことで最も多くのスキルが最速で獲得できる。
生活を豊かにしてくれるため早い時期――五歳で洗礼を受けるのが一般的だが天啓に関して皆そこまで過度な期待は寄せない。
農家であれば『農夫』の天啓を授かるのが常で家業の影響が非常に大きく、大概の人が「ああ、やっぱりな」という感想を零す。
民衆の生活に密接に関係する以上、教義にそこまで厳しい戒律は無いため子供でさえ諳んじられる程にその教えは広く浸透している(といっても聖書の数節をだが)』
生憎、エリンの家庭にまではその教義は届いていなかった。その昔、聖女だったにも拘わらずエリンの母が教会を毛嫌いしているからだ。
「とは言え、ルティアが魔法系統の適性があるっつってんなら、あるんだろうよ。そういや、剣振るのに腕力使ってなかったな。……想像するだけで凶悪だが、いっそ最強の魔法剣士でも目指せば良いんじゃねぇか?わりとすぐだぞ、最強」
「ボク、いや、オレを煽てても何も出ませんよ。今日はとにかく冒険者になりたくて、お構いなしに走ってきたんです。母が許してくれるかわからないですが……そのうち洗礼は受けるつもりです」
「わかった。俺も申し添えてやる。と言うか、俺が許可する。となると、教会側もすぐとは行かねぇし、略式だがウチで適性診断でもしてみるか? 昼飯の後にでも…………昼……飯…………あああっ!」
「?……ありがとうございます。ぜひお願いし――」
「――キャッ!」
エリンの言葉を遮るように、短い悲鳴がその場に響いた。
悲鳴の出処にエリンとジェイコブの視線がサッと向けられる。
――バッ、コロコロ、スクッ!
受付に続く扉が開いたと同時、飛び出したのは前回り受け身をとり華麗に立ち上がったラティスだった。残念モードは置いてきたようだった。
「あっ、ラティスさん!」
「…………」
パンっと艷やかな額を手で叩いてついでに目元を覆う仕草をしたジェイコブは、バツの悪そうな、それでいて青ざめた表情をしていた。
ギルドマスターという職責が頭皮の境目をかなり後退させたのかもしれないが、「大きく無骨な掌を十分に受け止められるだけの度量がある立派な額だ」とエリンは思っていた。
そんなエリンの関心を余所にラティスが怒声を発する。
「マスター! なにそんなとこでクッチャベッてんですか! こっちはもう抑えきれません! 早くしてくださ…………押さないで! 押さないでください!」
ここまで自分の足で歩いてきたにも拘わらず、瞬間的に担ぎ上げられたエリンはまたジェイコブの小脇に収まる。そして押し寄せる人波をかき分けながらギルドに併設された酒場……見慣れぬ衝立で囲われたスペースに着席させられた、手荒く。
――後ろを振り返ると、吹き飛ばされた冒険者や職員が轍となっていた。
「うわぁ」という憐れみとも嘆息ともつかない声が漏れたが、そんなことはお構いなしとジェイコブからメニュー表を受け渡される。
「細かい話は後だ。とりあえず、ゆっくりしとけ」
「あ、はい……あの……」
「ここは俺持ちでいい。食いきれなくてもいい。しばらくそこ居ろ……俺が生きていればまた会おう」
「えと……承知しました。ご武勇をお祈りしています」
ジェイコブのすぐ脇には死の女神が佇んでいた。
眉間の皺の深さがジェイコブの覚悟を物語っていた。
二の句を告げさせない剣幕にそのまま従う他無かった。
死地に向かうジェイコブに告別の挨拶を贈った後、その決死の覚悟に報いるべくこちらも決死の覚悟で昼食に挑むことにした。もう新品の個室は跡形もなく叩き壊されていた。
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