追憶のあの日~ギルド試験2
◇◇◇
そこから数分ほど、ジェイコブに抱えられて移動した。
片田舎のギルドとは思えないほどに広い建物に唖然としつつ「土地が安いから広いのかな」などと益体もない考えを浮かべていたが、さらにそこから数分掛けてギルド裏手の広い庭――闘技場へと到着した。そして丁寧に地面へと降ろされた。
「さて、坊主の相手をしたのはいつぶりだったかな?」
バキバキと指を鳴らしつつ、戯れに問いかけるジェイコブ。
「半年と十日ぶりです。前は、逆袈裟の形で後の先を狙ったところを合わされて、木刀を叩き折られました。もう二度と同じ手は喰いませんので、今日は別の手でお願いします」
「真面目過ぎる回答をありがとう……試すか?」
「その先があるのなら、ぜひ」
「よし、そのへんの木剣で一番軽くて頑丈そうなの選んで持って来い」
エリンはそそくさと駆け出した。
――エリンの真骨頂は記憶力にあった。
こと冒険者関連の物事は全てに優先され、決して忘れなかった。過去の対戦記録や書物の戦術、各種闘法などを頭の中で組み立て何度も何度も反芻しながら木剣を振るっていた。
時には母のギルドカードを介して視聴した動画などを思い起こしたりもした。――カードとは言いつつもボードと呼ぶにふさわしい厚みとなっているのは、地図機能、位置検索サービスや通話などもできる付加価値が大いに付帯しているためだ。
(エリンはそこまで機能を熟知しているわけではないが)それらの文明の利器を活用して訓練を重ねてきたのだ、言わずもがな対策は完璧だった。
――逆説的にそれ以外の事象に関してはそれが及ばない。
特に前世の記憶についてはかなり朧気だった。――エリンには前世の記憶が宿っていた。過酷な訓練や過酷な日常生活の中で時折それらが甦ることがあったのだが『冒険者』が全てに優先されて、全ては片隅に追いやられ、こぼれ落ちていった。
さておき、エリンは木剣を片手に戻ってくる。
「――――よろしくお願いします」
「そもそも俺相手に後の先を狙おうってのがもう一端以上だってのに……って、もう聞こえてねぇか……そいじゃやるぞっ!」
エリンの小生意気な発言の数々だが、ジェイコブは心を波立たせることも、気を緩めることすらもない様子で呟いた。「小賢しい子供を一捻り」とはいかないことを過去の対戦から教訓として得ていたからだ。
そして、エリンには、ジェイコブが心に冷や汗を掻いていることを察する余裕が無かった。
過去に数十回対戦してきたが、いずれも大怪我を伴う大敗を喫していたからだ。
前回の試合では後の先を狙ったが、逆にそこを合わされた。
エリンは非力な細腕で、倍では済まない巨漢を相手取ろうとしている。
受け太刀などしようものなら途端に腕と指の骨が粉砕される。
だから前回負けた時の、痛みと屈辱が脳裏を過っていた。
同時に、その時の恐怖が甦ってきていた。
(だけど、これまで今日に焦点を当ててきた。だから、絶対に勝つ!)
エリンは今日こそジェイコブに勝ちたかった。初勝利を収めたかった。そして痛みの恐怖を飲み込む。それを栄養に、起爆剤に変えて心を奮い立たせた。
ここにきて一番の鼓動の高鳴りが訪れた。
だが深い集中力の高波が全てを呑み込む。
心音すらが不要な情報として、そして色彩すらも失われていく。
やがて全てが慮外のこととなった。
極限を超えた集中力で、目の前の大男の一挙手一投足に没頭していた。
◇◇◇
機先を制したのは挑戦者のエリンだった。
爪先にチカラを集結し、初速から最高速度を捻り出した。
一瞬の跳躍で相手までの距離を潰し、袈裟懸けに斬りかかった。
「むぅっ⁉やっぱりか!」
一瞬にして懐に飛び込んだエリンの踏み込み。
その速さと動きのキレに、感嘆の声が漏れた。
そして驚愕の表情も隠せていない。
剣筋は半年前に体感したものと微塵も違わなかった。
だが、それ以外が異次元だったからだ。
達人は一合の切り結びで相手の実力を見抜くが、ジェイコブもその粋に達していた。引退したとは言え最高ランクの肩書を手にしているためだ。切り結びすら不要だった。
だがその表情に余裕は一切見られないむしろ一層厳しいものだった。
「毎度のことながらその度胸は買いだぜ!」
エリンの俊敏さは電光石火の如く常人の目には留まらない。その動作をよしんば視界の端で捉えられたとしても、その容姿にそぐわぬ上段の構えが襲うのだ。
それは万人の意表を突く。
刹那にその型破りに対策を講じなければ無抵抗に斬られることになるが考える暇すらない。
そこにジレンマが生じる。二重の意味で虚を突く術理だ。
エリンには木剣で身の丈を越す大岩すらを両断する技の冴えがある。大抵の相手にとって最初で最後となる切り結びが約束された一撃となる。本来なら対策のしようがありすぎる大振りの一手だが、エリンに限っては初手として最適だった。
そんな大技を最初に持ってくる度量がエリンにはあり、ジェイコブはそこを高く評価していた。
「初っ端から飛ばすねぇ。子供は元気すぎて敵わんな」
エリンの体重は春風に揺らぐ程に軽い。
超々軽量級の速度を生かした目にも留まらぬ斬撃が、断続的に振るわれた。
その恵まれない矮軀で精一杯高望みするかのように全身全霊で剣を振る。
次々と迫りくる斬撃を躱し続けるジェイコブには見えていた。いや、見慣れていた。
大抵の相手が虚を衝かれる必殺の一振りが立て続けに見舞われるが、その全てがお決まりのパターンだった。だから虚を衝かれない。
初見の相手には些か厳しすぎるご挨拶も、幾度も剣戟を重ねてきたジェイコブには出会い頭の軽い会釈のように余裕を持って対応できた。
実際、初撃から続く数十合もの攻撃は、徹頭徹尾エリンの定石の内だった。
一度でも相対したことがあれば既視感を覚えたはずだ。
そしてジェイコブとエリンの対戦は過去に数十回は繰り返されていた。
「オイオイオイオイ!そろそろスピード緩めてくんねぇかっ⁉おっさん相手だってこと忘れてんじゃねぇだろうな!」
ジェイコブは剣閃の軌道上には立たない。
大外へと回避し続ける必要があった。
斬撃が僅かに飛ぶからだ。
その分体力を消耗していた。
そんなことなど知ったことではないとばかりに一閃一閃が矢継ぎ早に繰り返された。
エリンは振り切った木剣を反転させて追撃し続ける。
そして躱され続ける。
それでも更に、更に、更に、更に、空を斬り続ける。
断続的に交わされる斬撃と回避の応酬は終わらない。
目にも留まらぬ早業の連続で、振る方も、避ける方も、追従し合いながら徐々にその速度を上げていった。
硬質の岩で覆われた床面はその度にヒビが入り、小石や土埃を舞い上げる。
「や、やべっ⁉ ここの修繕費、オレ持ちなんだぜっ⁉ うおっ⁉」
エリンの一振り一振りは渾身の全力だ。
一切の無駄が排除され洗練されていた。
フェイントや様子見の小技などは一切差し挟まずに全ての斬撃に魂が籠もっている。
躱されても次の一振りには心機一転、一刀両断の覚悟が灯される。
さらに直前のものより速くなるのはそれが技であるからだ。
一撃必殺が連続することに矛盾はない。
すべての動作に次への備えが秘されている。
だから繋がる。
最初の攻撃は次の攻撃への起点となり、それすらもまた次へ、次へ、次へ、次へ……。
全身全霊の一太刀が連絡技として昇華され続けて永劫に続いていく。
「ちょっ⁉マジでやっべぇからっ⁉も、ももももういい。ストップ!ストップだっ!」
極限の集中力が一時間以上は続いていた。
その動きは疾風迅雷。
風や雷の如きエリンにも思考は介在していなかった。
ジェイコブの悲痛な叫びは耳に届いていても意識には届かない。
そして定石と言うからには全てが想定された型だ。
相手の対応によってその樹形図のどこを辿るかは無限の拡がりを見せるはずが、エリンは驚異的な想像力と記憶力を以って遙か先まで網羅していた。
対応を事前に体の全身へ余すことなくインプットして訓練を済ませていた。
全てが予定調和の既定路線どおりだった。
つまり、聞く耳を持っていても馬耳東風というわけだ。
「ぐぅう……だ、誰か、助けてぇええええええ!」
かつてジェイコブをして完璧だと言わしめたことがあった。
だがいったいどれ程昔の話だったか。
今はその完璧を凌駕していた。
つまりこの現状はジェイコブの想定外の連続だった。
躍動する筋肉からの悲鳴が大滝の汗となっていた。
だがその汗は冷たいようで顔色も赤銅から青そして土気色に変わっていた。
「……はぁ……ぐぅう……はぁはぁ……ぐ」
前回の決着はもう少し早くに訪れていた。
惜しむらくはエリンの腕力と体力と集中力の枯渇である。
そのいずれかが摩耗し、底を尽き、集中が途切れた時に既定路線を踏み外す。
今回は既に数百を超える攻防となっていた。
ジェイコブは開始前のやり取りで後の先のさらに先の攻防を匂わせた。
エリンはそれに期待を浮かべた表情で応えていた。
途切れるはずだった……。
枯渇するはずだった……。
「坊主!いつ先を見る気になんだよっ‼」
互いにその間隙を契機に仕掛ける予定だった、待ち侘びたはずだった。
エリンはその技を見て学びたかった、当初は。
だが、何よりも勝ちたいと願った。
その一心が全ての感情を抑え込んでいた。
現在、エリンの思考は停止している。
反射的かつ想定に擬えて身体に馴染ませた動作を続けているだけだ。
開始する前から、五感の最低限の機能以外は捨て去っていた。
「……はっ……もう…………堪忍し……ぐはっ……」
数百が千合に差し掛かろうとしていた。
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