追憶のあの日~ギルド試験1
◇◇◇
「よう、エリン! 今日で十二歳かぁ~おれも年を食うわけだなぁ。誕生日プレゼントに水でも飲むか?」
息を切らせたエリンに声をかけてきたのはギルドマスターのジェイコブだ。
白い歯とは対称的にギラギラとした赤銅色の肌が特徴的で、事務屋とは思えほど生命力に満ち溢れた肉体の持ち主だ。小柄なエリンの二倍ほどの身長、三倍ほどの肉厚さだ。
『やっぱり訓練は続けないと駄目だな。早くこんな風になりたい』と思う程にエリンは密かにジェイコブの男らしさに憧れを抱いていた。
ジェイコブはエリンの母とは旧知の間柄――元パーティーメンバー同士だ。
何かにつけてエリンを気に掛けており、ひと月に一回以上は夜間訓練に顔を出してエリンの剣を指導していた。度々立ち会いにも付き合っていた。
つまりはエリンの師匠……と言っても過言ではない人物だが『これからお世話になるのはギルドマスターとしてだ』という意気込みがエリンにはあった。
「おはようございますジェイコブさん。今日からは『ギルドマスター』と呼ばせて頂きます!」
「かぁ~、そりゃ気が早えんじゃねぇか?まあ、贔屓目なしで可愛がってやるよ」
「マスター、エリン君に対してその言葉は色々と……その……いろいろと……不味いです……(ごくり)……」
今しがたツバを飲み込んだのはジェイコブと同僚のラティスだ。
二人が並ぶと大人と子供が並んでいるようにも見えるが、それでもエリンよりは頭一つ分大きい。まだ二十歳にすらも見えない見た目で卒なく仕事を熟すその姿がロクデナシと程近い冒険者たちには眩ゆく見え、憧れの視線を集めていた。
『エロ過ぎる』と評される露出過多な制服を身に纏っているが、ラティスに限っては厭らしさは鳴りを潜める――はずだった。
「――おはようございますラティスさん。今日からよろしくお願いします」
エリンは『口元がだらしない』ラティスに不信を抱きつつ挨拶を投げかける。
「……はぁはぁ……くぅう……ぁああぁ……んんッ」
――ラティスからは悶々とした声が返ってきた。
そのやり取りを聞いていた周囲の冒険者たちが頬を染めたり前かがみになったりしていたが、エリンには「またしても大人の事情か」と理解に難い。
「……おい、ラティス。涎をぬぐえ。お前のほうが不味いんじゃねぇか?」
それをすかさず指摘するジェイコブはこの職場の管理責任者だ――そこでラティスが復帰した。
「……ッハ⁉私としたことが。何秒ぐらい固まってましたか? ゾーンに入ってて時間の経過がわかりません!」
「いや、もう良いから、とっとと手続き…………おい! 誰か手の空いてるヤツいないか?男だ、男じゃないとだめだ!」
「――あの、ギルドマスター?」
聞き捨てならない“『男』を所望するジェイコブの発言”に「少しよろしいか?」の一声を発するエリン。その真意を問おうとする意図だ。
「――ああ?言っとくぞ、これからお前がここに来る時は、必ず、男の職員に対応してもらえ。じゃないと、駄目だ。お前だけの特別対応だ。理由は……ほら、ラティスを見てみろ。たった今注意したにも拘わらず、まただ。言わんとしてることはわかるな?」
――いかに優秀な人間であろうとも、この様になることはままあった。
エリンに相対す女性は強い覚悟もとい激甘な蜜の匂いに耐えられるだけの強い自律心が求められるからだ。
――有能なラティスもその例に漏れない。
「はい、わかりました。あ、わざわざ……ありがとうございますバーボンさん。今日からよろしくお願いします」
そんな事を知ってか知らずか、エリンはジェイコブに応の声を返しつつ、呼ばれて参上したサブギルドマスターのバーボンに対しても――立場上忙しいことに察しがついたため『わざわざ』という枕を付けて――挨拶を交わした。
バーボンは清潔感の漂う折り目しっかりな装い、かつ整髪料でしっかりと整えられた髪型、上唇中央から左右に伸ばした紳士髭な見た目で登場した。
一見すると神経質そうに見えるところだが――
「ああ、エリン君、久しぶりだね。うん、今日からよろしく頼む。君のことだ、すぐに上に上がるだろう。贔屓目なしにそう思うよ。だから試験をさっさとパスしておいで。君のプロフィールなんて、そこいらの女子職員ならみんな持ってる。必要事項はこちらで埋めておくからさっさと済ませといで」
話してみると物腰は非常に柔らかで気さくな四十路男だ。
エリンはそんなところ(特に紳士髭)に密かな憧れを抱いていた。
『バーボンさんの紳士力は最高だ。清濁併せ呑める度量の深さと広さもだ。バーボンさんみたいな大人(な紳士髭)にボクはなりたい!』とは間違っても口には出さない。
敏感な誰かの良からぬ妄想が爆炎系呪文を暴発させた過去があるからだ。だからエリンは心得ていた。なお、深い理由は理解していない。
ただ憧れの人を前にして少し気持ちが浮ついたため、心の中の自分の呼称が『ボク』であることには気が付かないままに、陶酔の目でバーボンの口元(口髭)を眺め続けていた。
さらにエリンの預かり知らぬところで『青と緑の入り混じった幼気な少年の瞳がじっと……整った顔立ちの紳士の唇を見つめている』――「はぅうふぅう」と何人もの口から熱い吐息がこぼれていた。
「おいおい、坊主だけなら仕方がないが、個人情報の管理は徹底しといてくれよ……まあ良いか。とっとと行くぞ? ほら――」
カウンターから出てきたジェイコブがヒョイとエリンを持ち上げた。太い二の腕で小脇にスッポリと収められたエリンが「ちょっとまてい」と反論の意を申し述べる。
「そんな、ちょっと⁉ 子供じゃないんですから、抱っこしないでください!」
「そうは言ってもだな。お前、ちゃんと飯食ってるのか? ルティアのやつ……料理はからっきしだからな。……よし。バーボン! ついでだ。酒場の方に個室作っとけ。予算は……寄付を募れば直ぐに集まるだろ。それで建替えとけ!後日、坊主の稼ぎから天引きすりゃいい。回収はすぐだ」
ジェイコブはエリン宅で数回食事を共にしたことがあった。だからこその迅速な判断を披露した。
「分かりました、ボス。……おっと早い。もう資金は十分です! これ以上は並ばないでください! さあ、仕事に戻って……冒険者の方も早く受付を――」
バーボンの声が喧騒に飲み込まれていく。カウンターの内と外で行列ができていたが「そんな事はお構いなしだ」とジェイコブに抱えられたエリンはその場を後にした。
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