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こどく  作者: 水瀬 りお
9/9

姉と弟、その後

朱璃しゅり様、朱璃あかり様、ゆかりを見つけて来ましたよ。ほら、紫」

「ここは嫌だ」


紫は、自分を連れて来た少年、若葉わかばの後に隠れて言った。

こちらを見るのも嫌だという気が、全身から発している。


「ははっ。若葉様、いつも言いますが紫は若葉様の所が好きなのです。だから無理にこちらへ連れ帰る必要はありませんよ。ねぇ、朱璃あかり

「ええ、朱璃しゅりの言う通りですわ、若葉様。躑躅つつじ常磐ときわ様に預けていますし」

「寧ろ、お二方で好きな様に育てていただいた方が良いと思います。ねぇ、朱璃あかり?」

「ええ、朱璃しゅりの言う通りですわ。……朱璃」

朱璃しゅりは私の腰を引き寄せ、直ぐに深い口付けをくれた。

「んっ……」

空いている手は私の胸を着物の上から愛撫し始めた。

「あっ……」

朱璃しゅりの愛撫に慣れた身体は直ぐに熱くなり、もう我慢が出来なくなる。


「紫! 母屋に帰ろう! 行くぞ!」

私は直ぐに後を向き、紫を抱えて離れを急ぎ後にした。


母屋に着くと、躑躅を抱っこしている父と出くわした。

散歩にでも行こうとしたのだろうか、それともあの二人の所に……。

止めなければ!

「父様!」

「おや、若葉。どうしたんだい?」

「父様、どちらへお出かけですか」

「ああ、離れの様子を見にいこうかとね」

やっぱり! 予想は当たった。

「駄目です、父様。今離れに行っては駄目です!」

「おや、お前は今行って来たのかい? 何故駄目なのかい?」

「ええーっと、それは……」

縁側で淫らな事を始め出したので……とは言いにくい。

私もこの家の子だ。

あの二人がどういうことをしているのかは、もう理解している。

「ああ、もしかしてお前達の目の前で始めたのかい? それなら私一人で行こうか。若葉、躑躅を頼む」

「え? あ、はい、って。行くのですか、父様!?」

私は紫を下ろして、代わりに躑躅を受け取った。

淡い柑子色のおくるみの中で、躑躅はきょとんとして私を見ている。

可愛い……、が! 今は父様を止めなければ!

「父様、お待ち下さい!」

すでに離れに向かって歩き出している父様を呼び止める。

父様は歩みを止め、私の方に振り向いた。

「別に気にすることなど何もないよ。番の場合、もう互いしか視界に入っていないのだから。向こうは見られてようが、何とも思ってないよ。……それに、閨事を見たぐらいでどうもしないよ。ま、若葉には刺激が強いだろうけど。ははは」

「と、父様! わ、躑躅ごめん!」

私の大声にびっくりした躑躅が泣き出しそうな顔になった。

「二人を頼むね」

父様はそう言って離れへと歩き出していた。


番、か。

私は離れへ向かう小道を歩きながら思う。

瑠璃るり朱袮あかねは番と成れた。

成れた事がどうしてわかるのかは、当事者にしかわからない。

番は証として互いの名を交換し合う。

だから今の瑠璃は朱璃あかり、朱袮は朱璃しゅりと名乗っている。

番となると、逝く時は同時になるという。

愛しい者を置き去りにする事なく、同時に逝く。これは羨ましい限りだ。

そして番の子は例外なく強力な毒を身に持っている。

紫も躑躅も強力な毒を持っているが、まだどういう類のものかはわからない。

まあ、追々わかるだろう。

ただ、我が家に朱璃しゅり朱璃あかりが来た事で、本家は近いうちに潰れるだろう。

花青かしょう藍子あいこの子は身に持つ毒が強くないらしい上に、子は一人しかもうけないというし。

おまけに花青は何処から嗅ぎつけたのか、瑠璃と朱袮を返せと返せと煩い煩い。

そんなに瑠璃が欲しかったのなら、諦め、手離さずに奪えばよかったのに。愚かな。

まあ愚か者はさておき。本家が潰れるとなると、残るはうちと黒檀こくたんのみ。

黒檀の所もこれといって強い毒持ちはいないから、番の子らがいるうちが本家となるだろう。

黒檀の方も積極的に血を繋げる気もない様だし。

まあ、こんな一族は滅んでしまえと私も思うがそうもいかない所がもどかしい。

ああ、もう離れか。

割とのんびり歩いて来たつもりだったが早過ぎたかな。……いや、考え事をしながら来たからそう感じるだけか。


庭の方にまわると、素肌に着物を羽織っただけの朱璃しゅりが縁側でぼんやりとしていた。

その身体からは愛しい女と過ごした、濃密な匂いを感じる。

「おや、常磐様。何か用ですか?」

足音に気付いた朱璃しゅりが私に顔を向けた。

「お前達の様子を見にね」

私は朱璃の隣に座る。

「はは。まだ大丈夫ですよ。とは言っても、夏は越せないですけど」

のんびりとした口調で朱璃が答える。

「そうか。紫と躑躅はどうする?」

「常磐様のお好きな様に。僕達は血の繋がった親ではありますが、育てている親ではありませんので、何も言う事はありませんが……一つだけ。兄様の所の子にはやらないで下さい」

「わかった。……花青の事が嫌いかい」

「ええ。今は大嫌いです。朱璃あかりは僕のものだ。自分の番にちょっかいをかけられているのに好きなわけがないでしょう」

「は。まったくその通りだ」

ははっと笑いが出る。

朱璃あかりはどうしたんだい。疲れて寝ているのかい?」

「ええ」

朱璃は背後の障子にちらりと視線を向けたが、直ぐにまた私の方に戻す。

「常磐様。本当に今までありがとうございます。僕達を迎えてくれて。感謝しています」

「おやおや、急に何を言い出すかと思えば。いまは正気という事か」

「はい。正気の内に思っている事は伝えておかないと。それにいつ逝くかもわかりませんので」

朱璃はにこりと笑んだ。

「そうかい。私はまた子育てが出来て楽しいよ。紫も躑躅も本当に可愛いよ」

「そうですか。それは何よりです」

「しかし番というのも難儀なものだね。最愛の者と一緒に逝けるのは嬉しいが、正気の時間がこうもないと周りの者は苦労するね」

羨望半分、苦労半分の気持ちを込めて言う。

「申し訳ございません。でもそれも楽しいのでしょう、常磐様は」

私の心を見透かした様に朱璃が返す。

「ふふふ」

私はそれには答えず笑う。

「周りの人には面倒をかけますが、番の当事者としては本当に幸せです。最愛の人と逝く時まで一緒だなんて。一人置いていく辛さと一人置いていかれる哀しみ、どちらの孤独も味合わなくてよいのですから」

「……そうだな」

「ええ。……ああ」

障子の向こうで人の動く気配を感じる。

朱璃あかりが起きたのかな」

「いえ、まだですが、もうすぐで起きるでしょう」

立ち上がろうとする朱璃に最後にと言って引き止める。

「お前、もし朱璃あかりが花青を選んでいたらどうしていた?」

前から訊こうと思っていたが、訊く時を逃していた事だ。

朱璃はきょとんとした表情になったが、直ぐに意地の悪い様な笑顔を浮かべ、私の隣に座り直した。

「どうもしません。ただ姉様の幸せを願って一生、身を隠すだけです」

「お前……ははっ。さすがうちの血を引く子だよ」

私は感服と同時に笑いが込み上げ、朱璃の頭をわしゃわしゃ撫でた。

「常磐様、笑い過ぎです」

「いや、だってねぇ。お前、全然瑠璃の幸せを願ってないじゃないか」

「そんな事はありません。僕が居ない方が幸せになれる、してくれるはずですから。兄様がね」

「あはははは! 本当にお前はいい性格をしている」

私は更にわしゃわしゃと朱璃を撫でまわす。

「もう。常磐様、笑い過ぎですよ。いい加減に撫でるのを止めて下さい」

「すまないね。でもあんまりにもお前らしくてねぇ……」

迷惑そうな顔しながら私の手を退かそうとした時「朱璃しゅり、どこ?」と、か細く泣きそうな声が後から聞こえた。

朱璃あかり、今行くよ」

「おや、目覚めた様だね」

「ええ。では失礼します、常磐様」

「ああ」

朱璃しゅりは立ち上がり、障子の向こうへ消え、直ぐに朱璃あかりの嬌声が漏れる。

では、私も母屋に戻るか。

立ち上がり、元来た小道をまた歩き始めた。


しかしまあ、朱璃しゅりもよくわかっている。

朱璃あかりの事を。

情の深い姉が何も言わずに自分の前から姿を消せば、どうしたって心残りとなる。

となれば、花青の番となる事は出来ない。

番とは相手の事以外、想う事は許されない。

相手こそが唯一無二の存在にならなければいけない。

それなのに心の何処かに、ほんの僅かでも別の者への想いがあれば番になどなれない。

そして、花青。

瑠璃が手に入ったとなれば、瑠璃に溺れ、慢心するだろう。

自分を選んだのだ。捨てた朱袮を忘れさせる事など容易いと。

だが、あれは妹の情の深さを理解していない。

どれ程弟を溺愛し、その存在が深く心に浸透しているかを。

弟は、朱袮は姉と兄の性格をじっくり観察して来たのだ。

自分がどう動けば、最愛の姉の心に自分を残せるかをよくわかっている。

ふふ。

本当にいい性格だ。うちの血はそんなに濃くないのに、うちの気質を一番濃く表しているなぁ。

可愛い可愛い。

本当に可愛い子だよ、うちの朱袮は。


躑躅が、ああ、花の方の躑躅が終わりを迎えた頃。

朱璃しゅり朱璃あかりは逝った。

縁側で二人仲良く手を繋ぎ、指を絡ませたまま、穏やかな表情で。

午後のやわらかな陽差しの中、仲良く庭を眺めていたのだろうか。

私は二人の頭を撫でた。


「おめでとう。お前達はもう自由だ。この蠱毒の血から解放されたのだ。もう二度と、この家に還って来てはいけないよ」


二人の頭がかくりと、下に落ちた。

私が撫でていたから釣り合いが崩れただけだろうが、私の言葉に頷いた様にも見えた。

まあ、どちらでもいいが。

さて、二人を送り出さないと。


「さあ、祝いの準備をしないとね。朱袮、瑠璃」


私は清々しい気分で母屋へと歩き出した。

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