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こどく  作者: 水瀬 りお
7/9

姉と弟

近親ものです。

性的な事を匂わせる描写もあります。


弟を選んだ場合がこちら。

日付の変わる少し前。


「姉様、朱祢です」


障子にぼんやりと朱祢の影が映る。


「少し待ちなさい」

「はい」


私は支度をしていた手を止めた。

(まあもういいか)

私は鏡台の前から立ち上り、最後の確認をする。

髪は結わずそのまま。

浴衣も変な着崩れはない。

(よし)

「入りなさい朱祢」

「はい。失礼します」

朱祢が部屋に入り、障子を閉めた。


「ああ、やっぱりよく似合う。着てくれて嬉しいです、姉様」


私を見るなりうっとりと、こちらが恥ずかしくなるぐらい讃美してくる。

「そう。朱祢もその着物、似合っているわよ」

いつものこととはいえ、今日は何となく気恥ずかしくなりそっけない返事をしてしまう。

「ありがとうございます、姉様。姉様がこの色が似合うと言ってくれたのです。覚えていますか?」

「ええ。数ある色の中でも、私はこの色が貴方にとても似合うと思っているわ」

「ありがとうございます、姉様。姉様が選んでくれたこの色がとても好きで大事です。だから……」

朱祢が私に近付く。

「僕にとって大事なことがある時に、この色を纏うと決めたのです」

にこりと柔らかな微笑を私に向けた。

私は不覚にもその微笑に目を奪われた。

いつも私に向けられ、見慣れているはずなのに。変だわ。私は顔を不自然にならない程度に背け「とりあえず座りましょう。立って話すことではないし」と朱祢から気を逸らす。

「そうですね」

朱祢も応じ、長椅子の方へ向かい、座ったのたが……。

「朱祢、何故私の隣に? 向かいに座ればいいでしょう」

長椅子に余裕はあるが、こんな至近距離で話す必要もないはずだし、それにいつもなら必ず対面に朱祢は座る。それなのに。

「何故、と言われる方が疑問です。だって姉様は今ここにいて、僕の贈った浴衣を着ている。それが全てだと思うのですが。違いますか?」

「そ、それ、は……」

言葉も詰まり、顔も熱くなる。きっと赤くもなっているだろうけど、部屋は薄暗いので多分朱祢には気付かれていない、と信じたい。

「ふふ。でも、きちんと姉様の気持ちを確認したいので本題に入りますね」

朱祢は私の隣から動かないが、姿勢を正し、私に問いかけた。


「姉様、改めて伺います。貴方は僕の妻になってくれるのですね?」


「ええ。私は貴方と結婚し、貴方の妻になるわ」


朱祢はしばらくじっと私を見つめる。何かを探すように。

その何かが見つかったのかはわからないが、また朱祢は問うて来た。


「本当にいいのですね」

「私が嘘を言ったことあったかしら」

「ないです。ですが……」


信じたい、信じてる。

だけれども……という感じの表情だわ。朱祢がそう思うのも当然ではあるのだけれど。

私は朱祢の両手に自分の両手をそっと重ねる。すぐに朱祢の手がぴくりと反応し、私の手から逃げようとするが、逃がさない。私は朱祢の手をぎゅっと握る。

「姉様……?」

朱祢の目が喜色と不安に揺れた。仕方のない子ね。

「可愛い朱祢。もう一度だけ言ってあげる。ちゃんと心に刻みなさい。私は貴方と結婚する。貴方の妻になるわ。私の朱祢」

私は微笑み、握った朱祢の両手を自分の口元まで持っていき、軽く口づけた。


「姉様……」


朱祢は呆然とした表情でいる。


「姉様!」

「きゃっ」


呼ばれると同時に、私は朱祢に抱き寄せられた。


「姉様、姉様姉様姉様!」

堰を切ったように呼び続けられた。

「あ、朱祢? どうしたの?」

私は戸惑った。

今までこんなに強く朱祢に求められたことがなかったからだ。

こんなに激しく、強く。

私の知らない朱袮の姿に戸惑いつつも、悔しい気持ちも沸く。

「姉様……姉様は、僕がこんな風に姉様を抱きしめても許してくれるのですよね? 怒って嫌いになったりしませんよね……?」

「朱祢……」

この子は……本当に仕方のない子だ。

私は朱祢を安心させるため抱きしめてあげたかったのだが、逃げると思われているのか身動き出来ないほど強く朱祢に抱きしめられているので、ほんの少しだけ動く頭を朱祢の胸に傾ける。

「私、朱祢のことを怒ったことはあるけど、嫌いだと思ったことは一度もないわ。それどころかもっと自分から甘えてくれればいいのにと思っていたわ。でもそうしない貴方に苛ついて怒ったりあたったりした。だから私はいつも命令したり、甘えたり甘えさせたりしてきたのだけど。そうすれば朱祢も同じようにしてくれるかと思って。だけど貴方はなかなか動こうとしなくて。それに苛ついてまた私が怒る、の繰り返しばかり。朱袮こそ、私を嫌いなのではなくて?」

ふふと私は笑う。

「ない! 僕が姉様を嫌いになるなんて絶対にありません!」

軽い冗談も込めて言ってみたけど、朱袮は勢いよく即座に否定して来た。

「あ、あら、そう……」

私はその勢いに少し引いてしまった。

「姉様は全然わかってない」

対照的に、上から朱祢の怒ったような拗ねたような声が降ってきた。

「僕は一目見て姉様に心を奪われました。逢えば逢うほど貴女への恋慕は増すばかり。だけど姉様の瞳はいつも兄様だけを追っていて。それを見るたびに僕は苦しかった。叫びたかった。姉様、僕を見て、振り向いて、と。姉様が欲しい欲しい、欲しくて堪らない……! そう願えば願う程、僕の心は狂っていった。だから父様に言ったのです。姉様を僕に下さい、と」

「朱祢……」


知らなかった。

気付かなかった。

この子はこんなにも私が欲しかったのか。

こんなにも苦しめていたのか。

その気持ちを知った今、どうしようもない程の愛おしさが心の底から沸き上がる。


「朱袮……」


今すぐ抱きしめてあげたいけど身動きが出来ないので、今は大人しく身を預けておく。

それにしても、私は朱袮について知らない事が多かった様だ。

この結婚についてもそうだ。

父様から朱祢に嫁ぐように言われたのは、血の為だけだと思っていたから。


「それで、父様はなんて仰ったの」

「そうか、と」

「だから驚きました。兄様の婚約者が藍子だと知ったときは」

「そうね。私も驚いたわ」

何故、私が兄様の結婚相手ではないのかと。私達が結婚すれば、強い毒を持った子が産まれると思ったのに。

「でしょうね。兄様の相手が姉様ではなかったのですから。でも僕は嬉しかった。少なくとも、姉様を僕のものにする時間が手に入れられたから。でもそんな時間はいらなくなった」

「ええ。まさか私の結婚相手まで同時にお披露目されるとは思わなかったわ。あの日は本当に混乱したわ。兄様は取られ、私は朱祢に嫁げなんてね……」

「僕は歓喜の絶頂でした。姉様が僕のものになったのだと。父様が僕の意を汲んでくれたのだと。……でも、実際は違ったのですけどね」

朱祢が苦笑する。

「どういうこと?」

「父様はこの家を絶やしたいのです。だから兄様に藍子を、姉様に僕をあてがったのです。藍子は一族の中でも血が濃い方ではない。僕は姉様とは腹違いだし。今すぐ血を、家を絶てなくても、少しでも早く絶てるようにと願って」

「まさか……父様が……そんな……」

絶句した。本家当主である父様がそんな大罪に値する様な事を考えていたとは信じられなかった。

「信じられないですか? まあでもそうでしょうね。そんな素振り、見せたこともありませんでしたからね」

「ええ。何故、朱祢は知っているの?」

「偶然、ですね。父様の茶室で」

「貴方、随分悪い子だったのね」

「そうですよ。今頃気づきましたか」

「ええ」

「ふふ。まあ、それはさておき。そういう理由で姉様は僕の結婚相手になったのです。どういう理由であれ、僕にとっては姉様が相手であることが全て。だけどその日を境に姉様は考えることが……気鬱の日が始まったと思います」

「そう、ね……。でも、朱祢のことを嫌ったことなど一度もないからね」

「はい。兄様が僕より大事だっただけですから」

「もう! ……でもその通りだったのだけど」

預けた頭を少し上げてとん、と胸元にぶつけて抗議する。

朱袮は軽く笑っただけで、話を続けた。

「ええ。だから、お披露目の日を境に日に日に気を落としていく姉様を見るのは辛かった。そして考えるようになりました。やはり姉様は兄様と結ばれるのが一番なのだと」

「そう……。だから私と同じ様に朱祢の笑顔が減り、だんだんと私から離れていったのね」

「ええ。貴女の傍にいて触れてしまえば、諦めるなんて出来るわけがない」

「あらでもそのわりには随分と甘えてきた気もするけど」

「それは……。姉様からの施しだから、気まぐれなものだからと思えば何とか耐えられたのです」

「酷いわね。私は貴方の笑顔や甘えてくる姿が見たくて、命令したりもして頑張っていたのに」

「酷いですね。こちらは姉様を襲わないよう、必死に理性と戦っていたのですけどね」

お互い、笑いが零れた。

何て馬鹿だったのだろうと。

「私達、お互いがお互いのことを考えるあまり、すれ違ってしまってたのね」

「そうですね。でも僕は姉様のことをただ一人の女性、伴侶として見ているのです。だけど姉様はただ一人の弟として見ている。互いを想いあってもその重みは違う」

朱祢の声が重く沈んでいく。

「そうね。でもね、朱祢」

私は朱祢に身体を押し付けた。といっても、ほとんど密着しているので少し身動ぎした程度だが。

その行動が朱祢には余程嬉しかったのか、私の頭に頬ずりして来た。

「私、本当は兄様の部屋へ向かったの。でもね、一歩、一歩と歩くごとに朱祢のことが浮かんでくるの。ああ、あの時は可愛かったな、拗ねたときも可愛かったな、朱祢の笑顔を見たのはいつだったかしら、とか。そして兄様の部屋の前で気付いたの。私が本当に必要で、私を本当に必要な人が誰なのか。だからここにいるのよ、私の可愛い朱祢」

朱祢はまだ私を離そうとしない。でも私の言葉は朱祢に届いたようで、どこか怯えたような雰囲気が和らいだ様な気がする。


朱祢がまた頭に頬ずりをして来た。

「姉様」

甘えた声だ。仕方のない子だ。

「なあに、私の朱祢」

「姉様」

「なあに」

「本当に……信じていいのですよね?」

「ええ。……本当に臆病な子ね」

「ええ、そうです。姉様の事に関しては僕は臆病です。だって、もし弟としての僕も捨てられたら……僕はどうやって姉様の傍にいられるのか。姉様の傍にいられないなど想像もしたくありませんから。貴女が、貴女だけが僕の生きる意味、全てなのです、瑠璃」


背中がぞくりとした。

歓喜で身体が震え、欲情が沸いた。


朱祢が私の名を呼んだ。

それだけで全身が熱く高揚し、色欲が沸くなんて想像もしていなかった。

兄様に名を呼ばれてもこんな気持ちにはならなかったのに。


あぁ……、私、本当に馬鹿だったのね。欲しいものはとっくに手の内にあったのね。


「ねえ、朱祢。もっと私の名を呼んで。朱祢に名を呼ばれるのはとても嬉しくて気持ちがいいの。だから朱祢、私の名を呼んで、早く」


もっともっと私の名を呼んで、私を欲しがって。

そして高まった私の毒で貴方を殺してあげるから。

早く呼んで、私の朱祢。


朱祢が私を抱きしめる力を緩め、自分の膝の上に私を座り直させた。

私は少し上を向き、朱祢の顔を見る。

朱祢の視線とぶつかる。


綺麗な顔。

まだどこか幼さの残る所はあるけれど、ほとんどは大人の――男の顔だ。


朱祢の右手が私の頬に触れ、優しく撫で始めた。

滑らかな手が気持ちよく、その気持ちよさをもっと感じたいと思い、ゆっくりと瞼を閉じる。


「瑠璃」


不意に名を呼ばれ、目を開けると同時に下腹部がどくりと疼き、身体の熱も一緒に上がった。


「瑠璃。貴女からそう呼んで欲しいと言ってくれるなんて。どれだけ嬉しいことかわかりますか、姉様。もし、これが夢なら永遠に覚めないで欲しいと願うぐらいに」

「現実よ。いつになったら信じてくれるのかしらね、朱祢」

私は自分から朱祢の手に頬を擦り寄せた。

これは現実よと教えるためと、私が朱祢にもっとと強請り甘えるために。


「瑠璃」


朱祢の声が少し上擦った。


「……これが、最後です、姉様。本当に僕の妻になってくれるのですね?」


朱祢は何かに耐えるような、泣くのを堪えるような感じの表情で問うて来た。


「しつこいわね、本当に。いい、よく聴きなさい。私は貴方の妻になるわ。……いいえ、違うわね。なりたいの。私が貴方の妻になりたいの。朱祢、私と結婚して。私の夫になりなさい」


驚愕し、固まっている朱祢に微笑み、撫でるのを止めてしまった朱祢の掌に唇を当てた。ぴくりと反応した掌をとり、朱祢の親指をぺろりと舐め、軽く口に含み、出す。


「わかったでしょう、朱祢。私は貴方の妻になりたいの。そして貴方とこういうことがしたいの。だから私を奪って、骨の髄まで貪って、朱祢!」


「姉様!」


朱祢が私を引き寄せ唇を奪う。私が願ったように喰らい尽くすような荒々しい口付け。


「んっ……」


呼吸すら奪われているのではないかと錯覚するほど執拗に口内を貪られながら、私は長椅子に押し倒された。


「あか、ね……」


朱祢の唇が少し離れたとき、何とか名を呼ぶと、少し身体を離した。


「何ですか、瑠璃」

「あ…………」


何を言おうとしたか忘れてしまった。

それは朱祢のせいだ。

眼前の朱祢が婀娜めいた表情で、さっきと違う綺麗さで見惚れてしまったからだ。


「瑠璃?」

「え、と……」


うまく話せない私を見て朱祢は微笑み、額に軽く口付けた。


「嬉しい。嬉しいよ、姉様。姉様が僕を欲しがってくれるなんて。心の底から嬉しい。嬉しさでおかしくなりそうだ。だからもう僕はおかしくなるよ。理性なんていらない、姉様の願いは僕の幸福。だから……もう絶対に手離さないし逃がさない。僕の毒で殺してあげます……瑠璃」


「んっ……」


耳元で名を囁かれた。

また身体が熱くなる。


「ふふ。やっぱりだ。姉様は僕が名を呼ぶととても可愛い反応をしてくれる。初めは気のせいだと思おうとしたけれど、今、気のせいじゃないと確信したよ、瑠璃」


「やぁっ……!」


名を呼ばれ、またも身体が反応する。

でも、私も知った。


「朱祢の馬鹿!」

「ふふ。だって嬉しくてつい、ね。瑠璃?」

「んっ」


もう限界! 言ってやる!


「……朱祢、貴方自覚してる?」

「何を」

私が話している間も、当然のように顔中に軽い口付けをしている。本当に理性を捨てたらしい……。

「朱祢が私の名を呼ぶとき、朱祢の身体も凄く熱くなるのよ。特にここが」

私は脚で朱祢の下腹部辺りを撫でた。

朱祢が口付けを止め、少し目を眇めた。

「ふふ」

私が軽く笑うとむっとした表情になった。

そして長椅子から下りると私を横抱きにして隣の寝室へと移動した。

敷いてある布団へ私を寝かせると、朱祢が覆い被さって来た。


「これからどうするのかしら」

私はあえて訊いてやる。

「僕の妻にします。姉様の望み、僕の望みを叶えます」

「駄目ね。もっと簡潔に言いなさい」

朱祢が苦笑した。

「厳しいな、姉様は」

「そうよ。甘やかしてばかりでは駄目でしょう?」

「姉様は飴と鞭が上手いですからね」

「そうよ。だからもう一度訊いてあげる。これからどうするの、朱祢」

「奪う。貴女の全てを。そして僕の毒に溺れて逝くといい、瑠璃」

全身が狂喜で震え、高揚する。

「……ええ。私も貴方の全てを奪うわ。でも貴方は私の毒で先に逝くのよ、朱祢」

「貴女より僕の毒の方が強いと思うのですが」

「私の毒の方が強いわ」

互いに譲らないのが可笑しくて笑いが零れる。

いつもならどちらかが譲るから。


「では、どちらが強いか試しましょう、瑠璃」

「ええ、朱祢」


朱祢の顔が近付き、唇が重なる。

これからどちらの毒が強いのか競い合うのだ。

毒と愛しい想いを織りまぜながら。

そして私達は番になる。

もう誰にも私達を引き離す事は出来ない。

逝く時は二人一緒。

だからもう私がいないなんていう孤独に怯えてなくていいのよ、朱袮。

姉様が一緒にいるわ。

ずっとずっと、永遠に――。

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