朱袮
「ふぅ……」
自室へ戻り、気に入りのロッキングチェアに身を預ける。
ゆるりとした揺れが心地よく落ち着く。
「姉様……」
今夜部屋へ行くとは言ったけど、部屋の主はいないだろう。
(ああ……行きたくない。夜なんて来なければいい。……まあ僕があんなこと言わなければ良かっただけだけど)
『姉様に後悔して欲しくないのです』
自分よりも大事な姉様だから。
あの人には何の憂いもなく生きて欲しいから。
それに僕と結婚すれば必ず愛しい姉様を殺してしまう。
姉様には少しでも長く生きて欲しいから。
だから、兄様の元へ行った方がいい。
だけど。
それは姉様のためであって、僕のためじゃない。
僕は姉様が欲しい。
欲しくて欲しくて堪らない。
姉様の優しい手、甘えた顔、涼やかな声……姉様の全てが愛しくて、欲しい。
でも自分から姉様に触れたらもう自制が出来ない。
だから僕は姉様から触ってもらうように強請る。
声にも出さず、視線と雰囲気で。
そんなことを繰り返せば姉様は僕のことを愚図な弟と認識し直して離れていくはず。
姉様が僕から離れるのは辛いし苦しいけれど、姉様を殺すより余程ましだと思い込めるから。
それなのに。
姉様は僕を見限ることなく、甘やかしてくれる。
時には甘えてもくれる可愛い姉様。
その度に僕の理性が切れてしまいそうだったけど。
だからもっと困らせて僕を見限るようにしたかった。
そのために、ここを出ようとした。一人で。
藍子を連れて逃げようとは思ってもいない。
あんなつまらない女、興味もない。
兄様もよく承知したものだ。僕なら絶対に御免だ。
案の定、姉様が僕を止めに来た。
兄様のために必死な姉様。
その姿に腹が立った。姉様がそうすることは当然の行動。
わかっていたはずなのに。
それなのに目の当たりにすると腹が立った、嫌だった。
僕の姉様が他の男のために心を砕くのが……赦せなかった。
そうこうするうちに、この騒ぎを聞き付けたのか兄様がやって来た。
そうだ。
僕に甘える姉様を、こんなに必死に僕の機嫌をとる姉様を、兄様はどう思うだろう。
そうして兄様に見せつけてみたが何の反応もない。
多少、不愉快そうになった様だけど。
でも内心は腸が煮えくり返っているはずだ。きっと。
兄様が去ったあと泣く姉様を部屋に連れていき、後悔しないようにとは言ったけど。
ああ、姉様、姉様……!
お願いだから僕を選んで。
絶対に後悔させない。
僕のこと以外考えられない様に、どろどろのぐずぐずに貴女の心を溶かすから。
そして貴女を僕の毒で必ず殺すから。
だから……。
僕を選んで、瑠璃――。