花青
兄の名前は花青です。
「…………」
私は溜息をつくと万年筆を机に置いた。
片付けなければならない書類はまだあるが、気が散ってどうにも進まない。
原因はわかっている。
(瑠璃……)
瑠璃と朱祢のじゃれ会う姿が頭から離れない。
瑠璃のあんなに甘い顔は見たことがない。
随分と朱祢を甘やかしているようだ。
朱祢はそれを当然のような顔で受け入れている。
表情にこそ出てはいないが、見ていればわかる。
二人とも、私の前では一度も見せたことのない姿。
苛苛する。
……何故?
瑠璃が私に見せたことのない顔を朱祢に見せていたから。
狭量だ。
……そうだな。
だが瑠璃が私以外にあんな顔や態度をとるのは赦せない。
何故。
……何故?
わかっているくせに。
認めるのが怖いのか。
臆病者め。
煩い。
煩い煩い煩い煩い煩い!
臆病で構わない。
それで瑠璃を喪わないですむのなら。
瑠璃がこの世からいなくなったら、それは朱祢のせいだ。
朱祢が瑠璃を殺したんだ。
朱祢が悪いんだ。
朱祢のせいだ。
……そう。
全部朱祢のせい。
私は椅子から立ち、障子を開け、庭を眺める。
手入れの行き届いた美しい庭。
葉も緑から赤へと、色鮮やかに変わろうとしている。
だが、その色が勘に触る。
気に入らない誰かを彷彿とさせる。
気分転換に外の景色を眺めようと思ったのに、それどころか不愉快さが増すとは。
視界から嫌な色を消すべく部屋に戻り、また机に向かう。
机の上に置かれた万年筆を取り、書類を捲る。
万年筆は瑠璃の石が細工してあり、見た目も美しい。
石の部分をそっと撫でる。
瑠璃――。
そう。
私は何も悪くない。
何も――。