夢渡り令嬢と腹黒宰相の共謀 ①
社交界から戻ってきたセシリーンの様子がおかしかったため、両親であるソドアとケイリーンは心配していた。とはいえ、セシリーンはまだ両親に相談はしなかった。
軽く「これから相談することになるかもしれない」という言葉は口にしていたが、それ以上の相談はしなかった。
セシリーンは、落ち着かない様子で王都の別邸にいた。動きやすい部屋着でベッドに寝転がる。
(あー……まさか、カーデン様が夢のことを覚えているなんて思ってもなかった。大体の人は夢の中の出来事を所詮は夢だと割り切るのに。カーデン様は夢だと割り切ることがなかった)
だからこそセシリーンが夢に出向いていたことに気づいてしまった。
あくまで今回のようにバレてしまったのは、ブラハントがそういう人間であったからと言える。魔法が発現してからずっと色んな人の夢に顔を出しているが、このような事態に陥ったのは初めてで、セシリーンは悩んでいた。
(カーデン様の夢に顔を出して、それでどういう話になるのだろうか? 国のために役に立つようにって言われたけど。いや、確かに私の能力は情報収集などは出来はするけれど……。どうせ、夢の中のことだから、大抵の危険はないはずですけど。そもそも一瞬本来の姿に戻ったからと私だと分かるカーデン様がおかしいのだけど)
ブラハント・カーデンは、この国の宰相である。国のためにつかえる人材を使うというのは当然である。しかし夢を見に行く魔法で何をするつもりなのかセシリーンには分からない。
ただ運が良かったというべきなのは、ブラハントが悪徳貴族などではなかったことだろうか。国を良くしていくために、綺麗事だけでは済まないことは幾らでもある。ブラハントも少なからず宰相として後ろ暗いこともしているだろう。それでも私欲のために権力を使うような人間ではない。
(前向きに考えるのならば、まだカーデン様にバレたので良かったということだわ。だって他の私利私欲まみれの貴族に知られたら厄介な魔法だもの。今日、カーデン様の夢にまた顔を出して、話を聞かないと)
――どういう話をするのだろうか、そう言った疑問は山ほどある。どうなっていくのだろうかという不安もある。だけど逃げるわけにもいかないので、セシリーンはその夜、ブラハントの夢にまた向かうことにした。
その夜、セシリーンはまた夢の世界へと旅立った。いくつもの扉の中から、この前お邪魔したブラハントの扉を想像して、見つける。案外、近い位置にあった。
向こうもセシリーンを意識しているからかもしれないが、即急にブラハントの夢への扉を見つけられたことにセシリーンはほっとしていた。
夢の扉は、夢を見ている人の数だけ存在している。夢の世界で扉の位置を入れ替えたり、意識した扉を目の前に出させたりすることは出来ないわけではない。それでもそれには魔力を多く使うので疲れるのである。
セシリーンは、よしっと自分に気合を入れてブラハントの夢の扉を開いた。
そして夢の世界へと降り立つ。場所は相変わらず王都である。ブラハントにとって、王都はそれだけなじみ深い場所なのだろう。
(さて、カーデン様を探さないと)
そう考えながらブラハントの夢の世界の王都を歩き回る。ブラハントを探しているのは事実だが、王都を散策して楽しいという気持ちで一杯のセシリーンである。
「美味しそう!」
美味しそうなお菓子を購入して、口の中へと放り込む。
夢の世界の食べ物では空腹は膨れないが、美味しいと感じることは出来る。セシリーンはそれを口にしながら嬉しそうににこにこと笑う。
ちなみに幼い頃、セシリーンは夢の世界で食事をして、現実で食事をおろそかにしたことがあり、死にかけたことがある。そのことで、夢の世界で食事をしたとしても現実でも食事をとるというのは、両親に約束させられている。
(美味しい!! もうカーデン様との話など忘れて食べ歩きや探索をしたいわ。一生懸命探しましたけど、見つかりませんでした。夢には行きましたじゃ駄目かなぁ)
そんなことを考えながら食べ歩きをしていたセシリーンは、肩を叩かれた。
振り向けば、そこには冷たい瞳をしたブラハントがいる。
「カ、カーデン様、ごきげんよう!! 約束通り、ちゃんとカーデン様の夢にきました!!」
慌てたようにセシリーンはそう告げる。ただしその時には、両手一杯に色んなものを抱えていた。美味しいパンや、お菓子など……。
「君は……随分楽しんでいるようだな」
「え、えっと、すみません!! お話しましょう!! カーデン様、どこでお話しますか? あと、これ、美味しいのでどうぞ!!」
「……もらおう」
セシリーンが差し出した小麦粉を使ったお菓子。断られるかと思ったがブラハントは受け取った。
(あれ、受け取るんだ。カーデン様って、見た目に関わらずお菓子とか好きなのかな?)
不思議な気持ちになりながら、セシリーンはブラハントを見る。ブラハントは視線を感じてか、顔をそらして、「行くぞ」と声をかける。セシリーンはすたすたと歩き始めたブラハントの後ろを慌ててついていく。
(……やっぱり此処が夢の中だからかなぁ。カーデン様も現実よりは気が抜けているのかもしれない)
そんなことを思いながらブラハントを追いかけてたどり着いたのは、王城である。セシリーンは用事がある時以外は、王城に来ることはあまりない。そのためこうして夢の中とはいえ、ブラハントについていき、王城の中に足を踏み入れ、ブラハントの執務室に入ることに緊張していた。
此処はあくまでブラハントの夢の世界で、周りにいる人々も意志のある人ではなく、ブラハントが夢の中で生み出した人である。この夢の世界で、意志がきちんとあるのは夢の主のブラハントと、ブラハントの夢の世界に入り込んでいるセシリーンだけである。
そう思うと少しは気が楽だが、これからどういう話をするのだろうかと、セシリーンは気が気ではなかった。