夢渡り令嬢と腹黒宰相の出会い ⑦
そしてセシリーンは、一旦、社交の会場から離れた。このままブラハント・カーデンに見つめられていれば、落ち着かないままにもっとぼろを出してしまいそうだと思ったからだ。
それに外の空気を吸って、一度落ち着きたかった。
セシリーンも年頃の乙女なので、着飾ることが嫌いなわけではない。だけれども、どちらかというと自由を好むセシリーンは社交界の雰囲気が得意なわけでは決してなかった。
テラスで息を吐き、心を落ち着かせたセシリーンは、社交会場に戻ることにした。
(カーデン様からの視線は気のせい。気のせいなんだよ。だから大丈夫。よし、社交を楽しもう!!)
そう思ってルンルン気分で歩いていたセシリーンは、目の前から歩いてくる存在に固まる。
目の前から綺麗な所作で歩いてくるのは、他でもない美しき宰相であるブラハント・カーデンである。
その銀色の髪と、翡翠の瞳は大変美しい。セシリーンは、ドキドキしながらすれ違おうとする。
だけど、横を通ろうとした時、声をかけられた。
「君」
「はい」
この場に他の人影はない。セシリーンは腹をくくって、ブラハント・カーデンと向き合った。
どうしてブラハントがセシリーンを呼び止めたかはセシリーンには分からない。でも夢のこととは関係なく、声をかけたのではないかと淡い期待を抱いている。ブラハントの夢にお邪魔していたことを感づかれていたらどうしようか、そう考えながらも真っ直ぐにブラハントの目を見据えている。
こうして目を合わせた方がやましいことがないと示せると思っているからである。
「確か、ジスアド伯爵の娘だったか」
「はい。カーデン様に覚えていただけているなんて嬉しいです」
「私は貴族はほぼ覚えている」
「流石です」
トートイズ王国には、王侯貴族はかなりの数がいる。大貴族ならともかく下級貴族まで完璧に覚えているような存在はほぼいない。そういうことをさらりと告げるあたり、ブラハントは流石である。
セシリーンは自国の宰相が有能であることは喜ばしいことだが、こんなところで有能さを発揮してほしくないと思って仕方がなかった。
「では、失礼します!!」
なんとか冷静を装って、そう告げる。そのまま去ろうとしたのだが、「待て」と引き留められてしまった。
セシリーンは、ハラハラしている。
「なんでしょうか?」
そう問いかけるセシリーンに、ブラハントが近づいてくる。そしてセシリーンを壁へと追い詰め、その手が壁を付く。
「君、私の夢に出ていただろう」
「……なななな、なんのことでしょう?」
セシリーンは思わずその小さな口から悲鳴を漏らしそうになった。その顔色は悪い。
(どどどど、どうしよう!! 腹黒宰相がこんなこといっているのって、この前のアレが原因だよね。夢のことだから気にしないって思ってたのに!! 腹黒宰相を甘く見ていたわ!!)
セシリーンは思わず震えそうな身体をなんとか、止める。
明らかに挙動不審な様子のセシリーンを、ブラハントの翡翠の目がじっと見据えている。その目は、嘘をつく事を許さないと語っている。
「……何度も言わせるな。君は私の夢に出ていただろう。それだけ挙動不審だ。君、何か変な能力でも持っているな?」
「……そのようなことはありません!!」
「嘘はつかない方がいい。宰相である私の夢に入り込んで何をしようとしていたかは知らないが、国家反逆罪に問われてもおかしくないぞ」
脅すような物言い――いや、実際にそれは脅しなのだろう。例えば、セシリーン自身に他意がなかったとしても、国家反逆罪に問う事が出来るだけの権力を持ち合わせている。セシリーンはぞっとした。
(カーデン様は、宰相としてこの国で権力を持ち合わせている。カーデン様は私が夢の中にいると確信している。その状態で私が何を言ったとしてもカーデン様は信じることがないだろう。ならば――)
セシリーンは瞬時に思考する。
どのようにしたほうがいいのだろうかとそれを思考し続けている。そして結論づける。
「――カーデン様! 私も、ジスアド伯爵家も国家へ反逆しようなど考えておりません」
真っ直ぐにカーデン様の目を見て言えば、カーデン様の目が面白そうに歪む。
「ほう? じゃあ、どういうことだ?」
「……私の魔法です。私は人の夢に入ることが出来る魔法を使えます。あの日はたまたま見に行った夢がカーデン様の夢だったんです」
「夢を見に行く? そんな魔法が君は使えるのか」
「はい」
セシリーンはブラハントの言葉に頷く。そうすれば、ブラハントは思案したような笑みを浮かべていた。
それからブラハントは、セシリーンに「その能力、この国のために使わないか?」と告げた。
「この国のために使う……?」
「ああ。この国の問題を解決するのにその能力は役に立つ」
「……役に立つって。それはともかくとして、そんなに簡単に魔法の事を信じてもいいんですか? 私とカーデン様はほぼ初対面と言えるぐらいに話したこともないですし、私が嘘を吐いているとは思わないのですか?」
セシリーンは、簡単にブラハントが自分の夢渡り魔法の事を信じている様子に思わず心配してそんなことを言う。裏が取れているわけでもないセシリーンの言葉を簡単に信じ切ってしまうのは、どうなのだろうかなどと思っているのだ。
そう言えば、ブラハントは嫌そうな顔をした。
「……君、私がそんなものに騙されると思っているのか? それに本当に私を騙そうとする人間はそんなことは言わないだろう。君、本当にその能力を使えるというのならば、また私の夢に入ってくるがいい。そこで詳しい話は話そう。出来るか?」
「はい。出来ますけど……」
「じゃあ、きちんと来るんだぞ。それが出来ないのならば、ジスアド伯爵を問い詰める」
そんなことを言われてセシリーンは、内心、お父様ごめんなさい! という気持ちで一杯である。ブラハントの夢の中に行っても行かなくても家に迷惑がかかる事は必須であろう。
これが夢見がちな令嬢ならば、ブラハントと近づくことが出来たと喜ぶかもしれない。でもセシリーンはそのように考えられなかった。不安を感じながらも、去っていくブラハントの後ろ姿を見据える。
これからどうなるのかは分からないけれども、セシリーンは一先ずブラハントの夢に今夜もう一度向かうことにした。
その日の社交はもちろん、身に入らなかった。