夢渡り令嬢と腹黒宰相の出会い ⑥
セシリーンは、一年ほど前に社交界デビューしたばかりのうら若き乙女である。去年は社交界に慣れるための一年だった。身内の小さなパーティーなどにしか参加したことがなかったセシリーンは、今年から大きなパーティーに参加するようになった。
社交界は、貴族の戦場とも言える場所である。
駆け引きの場であり、結婚相手を探す場でもあり、色んな意味で色んな思考がせめぎあっている場所である。セシリーンにとって、社交の場というのは、決して楽しいだけの場所ではない。でも苦手で仕方がない場所でもない。
最も今年の社交界は、ついこの前の失敗があるために、別の意味で緊張するものである。
セシリーンは、社交に参加するために両親と共に王都に来ていた。王都の別邸で、セシリーンは着飾っていた。
その長い茶色の髪は、結われ、いつもよりも露出のあるドレスを身にまとっている。白と青を基調としたドレス。首には母親から預かったエメラルドのペンダントを身に着けている。
「よく似あっているわ。セシリーン。これで良き出会いがあるとよいわね」
ケーテがにこにこと微笑んで、セシリーンをたたえる。
セシリーンも貴族の子女として、なるべくはやく結婚相手が見つかることを願っている。家同士の関係や利益も重要だが、セシリーンの両親は本人同士の気持ちが重要だとそう考えてくれている。
セシリーンは、親の望むままに結婚を強要されている貴族のことも知っているので、そういう面で自分は幸せだと思っている。
(お母様とお父様を安心させるためにも、良い相手と出会わないとね!! ……カーデン様のことは不安だけれど、所詮夢なんだからきっと大丈夫。うん、何事も良き方に考えないとね)
セシリーンは一抹の不安を感じながらも、家族のためにも結婚相手を探そうと思うのであった。
そしてセシリーンは両親と共に社交界に参加した。今回は王族の参加のない社交界なので、それほど騒がしくはない。社交界に来ている若い子息子女たちは、皆一様に着飾っている。隣国から流れてきた絹製品を使ったドレスも多々見られた。セシリーンは、社交界の場で独身の貴族男性とダンスを踊り、会話を交わした。
セシリーンは絶世の美女というほど顔が整っているわけではないが、それなりの顔立ちで、ジスアド伯爵家もそれなりの家なので、それなりに声をかけられているものだ。
声を掛けられているセシリーンだが、何だか落ち着かない様子を見せていた。
何故、セシリーンがそんな様子を見せているかといえば……、
(カーデン様が私をちょっと見ている? 気づいていないよね? 私に気づいているわけじゃないよね?)
ブラハント・カーデンのその翡翠の目に見つめられて、ドキマギしていた。
結婚相手を探すためにこうして此処にやってきているのに、その本来の目的を叶えることが難しくなっていた。
自分がブラハント・カーデンの夢に入り込んでいたということはバレていないと、そうセシリーンは思いたかった。だけれども――ブラハント・カーデンはセシリーンのことを見つめている。
「セシリーン、カーデン様がこちらを見ているわね。何だかドキドキしてしまうわ」
「え、ええ。そうね」
友人である令嬢は、美しい男性であるブラハントの視線に嬉しそうな顔をしている。ブラハントは、見目美しく、宰相という地位があるため大変異性に好かれている。しかしその冷たいまなざしで、全ての女性が拒否されているのである。
そんなわけでブラハントは、一生結婚しないのではないかなどとも噂されている。
ちなみに当然の話であるが、セシリーンは友人とは別の意味で緊張していた。
(……本当にわかってないよね? 夢の中のことだし、分かってないよね)
そう信じたい。信じたいけれども――、これだけ見つめられていれば嫌な予感がしてならないのだ。
だけれどもブラハントのことばかり気にしているわけにもいかないので、セシリーンはなんとか平常心を保とうとしていた。しかし視線を感じてしまい、いつもより社交に身が入らなかったものである。