夢渡り令嬢と腹黒宰相の出会い ④
ブラハント・カーデン。
このトートイズ王国の宰相である。その美しさからこの国でも話題に上がるような存在で、セシリーンも綺麗な人だなと前々から思っていた。
夢の世界だからこそ、ブラハント・カーデンのことをマジマジと見ることが出来て、セシリーンは改めてその美しさに感動した。セシリーンも貴族令嬢なので、美しい人物や物を見るのは好きである。だからこそこうして見られて良かったな、運が良かったと思ってしまう。
(カーデン様はとても綺麗だし、真面目だって噂だけど本当にそうなのね。そういう真面目さがあるからこそ、夢の中でも仕事のことを考えているのかもしれない。そう考えると良い宰相だよね。とはいえ、この人は腹黒宰相っていう噂もある人だからなぁ。腹黒い人っていうのはちょっと苦手っていうか、関わった事ないから鑑賞はともかくとして近づくのは少し怖いかもね)
セシリーンはそんなことを思考する。
遠目にしか見た事がなかった宰相のことを、夢の中だからこそ見つめられることは良かった。しかしである。その宰相は腹黒宰相として有名である。その笑みは笑っているが、後からそれに気をよくして話しているとしっぺ返しを食らうこともあるらしい。
この国のために――とそういう風に相手に接しているのだとは思うが、セシリーンは貴族らしくない令嬢なので、そういういかにも貴族らしい人というのはあまり近づきたいと思っていなかった。
(ただ本当に真面目にやっている人のことは評価しているってお父様が言っていたよね。ならば悪い人ではきっとない。国としてはああいう宰相様でとても助かるって感じだよね)
そんなことを考えながら、セシリーンはじっとブラハント・カーデンを見ていれば、目が合った。
やばいやばいと思いながら慌ててセシリーンは、目をそらす。
夢の中の出来事は、所詮夢の中の出来事だと皆割り切っている者が多い。だから姿も変えているし、夢の中でセシリーンが此処にいることを知った所で、現実に影響してくるとは思えない。だけれども……現実で挨拶ぐらいしかしたことがない宰相に夢の中でも認識されたくないと思ったのだ。
そういうわけで目をそらしてその場から即急に去ろうとする。――だけれど、セシリーンはその手を掴まれてしまった。
恐る恐る後ろを振り向けば、そこには冷たい顔をしたブラハント・カーデンがいた。その冷たい翡翠の瞳が素敵という令嬢も多いらしいが、そういう目を向けられたセシリーンはそれどころではない。
「ブ、ブラハント・カーデン様。ど、どうなさいました?」
なんとか恐る恐るセシリーンは問いかける。夢の世界に顔を出し続けて、こうして夢の主と接することもあった。だけれども、流石にこの国の宰相であるブラハント・カーデンの夢で、彼本人と話すことになるとは思ってもいなかったのだ。
(落ち着け。落ち着け。此処は夢の中なのだから、問題はない。なんとか乗り切れれば問題がない)
そんなことを考えながら、セシリーンはじっと、ブラハントを見る。視線は敢えてそらさない。油断を見せてしまえば、すぐにボロが出てしまうだろう。そう考えて、セシリーンは必死である。
「怪しいな。何故、私の名前を知っている?」
――そう問いかけられて、見るからにブラハント・カーデン様だからと答えようとしてセシリーンはハッとした。
(そうだ。此処はあくまで夢の中だ。外から見ればカーデン様が変装もせずに過ごしているように見えるかもしれないけれど、本人は変装をして此処に来ているつもりなのかもしれない。そうなんだよね。夢の主と、外から来た私とじゃ色々違う方に見えている部分もあるんだよね。他の人だったらなんとかごまかせるんだけど、このカーデン様って勘がいいって噂だから……)
セシリーンはそう思考して、どのようにしようか悩んでいる。
とはいえ、どちらにせよ、このブラハントの夢の世界から即急に去ることは重要だろう。流石に夢の中にいるのがセシリーンだとはバレないだろうが、それでも念には念を入れてでる。
「私、カーデン様のファンなのですわ! だから、変装をしていても分かりましたの」
「……何で貴族令嬢がこんな街にいる? 護衛もなしとは怪しい」
口調を平民口調にするのを忘れていたと気づいたのは、ブラハントにそう言われてからだった。
腕を掴まれたままじっと見つめられて、セシリーンは冷や汗をかく。
(……カーデン様に見つめられているからか、焦ってしまう。やばい。焦ると私の姿を偽装しているものも解けてしまうから。えっと……)
セシリーンはそう思考して、周りを見る。そして街中に植えられている木に視線を向けた。その木をセシリーンは動かした。夢の中のものは割と、自由に動かせるのだ。というわけで、セシリーンは木の枝を大きく動かして、自分とブラハントの間に枝を伸ばす。そしてそれに驚いてブラハントがセシリーンと距離を置いた隙に扉に向かっていき、ブラハントの夢から出ていくのであった。
――その時にセシリーンの偽装もとれかけていたわけだが、それでもセシリーンはなんとかごまかせただろうとほっとしていた。
(ああ、もう扉の形は覚えたからカーデン様の夢に行くのはやめよう!)
そんな決意をしたセシリーンだが、その決意はすぐに覆させられることになることをセシリーンは知らない。