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夢渡り令嬢と腹黒宰相の危機 ⑩

「おはようございます。カーデン様」

「ああ、おはよう」



 セシリーンは、目を覚ましてすぐにブラハントに挨拶をする。恋人同士になってから、こうして挨拶を交わせることがセシリーンにとっては嬉しかった。

 挨拶を交わしたセシリーンは、ブラハントと共に食事をとる。そこはセシリーンが王都で過ごしていたジスアド伯爵家の別邸である。その別邸にブラハントがいるという事実にセシリーンはにこにこと笑ってしまう。




「どうかしたか?」

「ふふ、カーデン様が此処にいるの嬉しいなぁと思って」



 セシリーンはそんな言葉を返す。

 ただただブラハントが此処にいることがセシリーンにとっては嬉しかった。



(カーデン様が此処にいるなんて夢のようだわ。あれ、でもなんでそう思うんだろう? カーデン様は私の恋人で、私の傍に居るのは当然で……なんだろう、この違和感?)




 微かな違和感を感じて、セシリーンは首をかしげる。だけど目の前のブラハントを見ると、そんなことは気にしなくていいと思ってしまった。





 ――セシリーン・ジスアドは、それが魔法によって創られた幻想の世界だと気づかない。






 眠るまで現実で彼女が何をしていたのかというのも、今の彼女の頭の中にはない。

 魔法によって眠らされ、魔法によって都合の良い夢を見させられていることに、彼女は気づけない。

 何故なら彼女は――夢を見ないから。




 セシリーン・ジスアドにとって、眠っている時間というのは他の人の夢に遊びに行く時間である。それは自身の夢を見る時間では決してない。ただただ他の人の夢を見に行き、遊ぶための時間でしかない。

 だから彼女はその世界で微睡ながら、そこが夢の世界だと気づけなかった。




 王太子であったドバイデンがその世界をまるで現実だと思い込んで、捕らわれていた時と同じような状況に陥っている。

 都合が良い夢を、その場で見せられている。



 セシリーンは、ブラハントと関わるようになってブラハントに少なからず惹かれている。その惹かれていった気持ちがその夢には現れていると言えるだろう。




 夢の世界に囚われている彼女は、それが夢だと認識出来ない。術者によって眠らされ、まるで現実かのように夢をみさせられている。




「楽しい!! あのね、今日も『夢渡り魔法』で楽しい夢を見に行けたの」




 夢の世界で、『夢渡り魔法』を行使している夢を見ている。『夢渡り魔法』は、夢の中でセシリーンの生み出したいものを生み出せるような自由な魔法だ。実際の『夢渡り魔法』と、夢の中で行使している幻想の『夢渡り魔法』。その区別が、セシリーンにはつかない。

 夢の世界で、セシリーンの夢の報告にブラハントは穏やかな目で頷いている。



「それで――」



 此処が夢の中だと気づけない彼女は、夢の世界へと囚われている。









 セシリーン・ジスアドは、目を覚まさない。




 その事実は、王族であるドバイデンやエグデーレも気にしていた。特にドバイデンは自分の目を覚まさせた存在が、同じ魔法により目覚めなくなってしまったという事実に胸を痛めている。

 王太子を目覚めさせるために動き、ブラハントと噂になったからこそこういう状況に陥っていることがよくわかるから。




「……カーデン宰相、ジスアド伯爵令嬢が目が覚めないことが気になるのだろう。こちらは私たちでどうにでもする。貴方はジスアド伯爵令嬢が目を覚ますように行動を起こしていい」

「しかし……」

「大丈夫だ。ある程度は貴方が進めてくれたからこそ、捕らえることが出来る。これで私の事を救ってくれたジスアド伯爵令嬢がこのまま目を覚まさず命を失ったら私からしたら目覚めが悪い。ほら、魔法師をつけるから行くといい」




 ブラハントは、王太子であるドバイデンにそんな言葉をかけられていた。この国のためだけに動いていた宰相であるブラハントは、セシリーンのことを気にかけていながらも、責務を放り出してそれをどうにかしようとすることにためらいを感じていた。




 その気持ちを、ドバイデンは分かっているのだろう。ドバイデンを眠りから救ったそんな少女がこのまま亡くなるというのは彼らが望んでいるものではない。

 ブラハントはその言葉に頷いて、腹を括ってジスアド伯爵家の王都の屋敷へ向かった。一応秘密裏に向かったが、おそらくすぐにブラハントがセシリーンの元へ向かったことは噂になるだろう。

 噂というものは、幾らどうにかしようと思ってもどうにかすることが難しいものなのだ。





「ジスアド伯爵。彼女が目を覚ます手助けを私に助けてくれないでしょうか」

「……そんなことが出来るのかね?」

「はい。そのためにこうして此処にきました」




 ソドアたちはセシリーンが眠りについていることによっぽど参っているのだろう。セシリーンの母親であるケーテに関しては、今にも倒れそうなほどに顔色が悪い。

 ブラハントはケーテと魔法師たちと共に、セシリーンが寝ている場所へと向かう。セシリーンは、自室で眠っている。しばらく食事をとっていないからだろうか、その手足はやせ細っている。

 その姿は痛ましい。


「セシリーン・ジスアドは『夢渡り魔法』という夢の世界を行き来する魔法が使えるのでしょう。ならば、魔力を送り込んでその夢に干渉が出来るはずです。彼女の『夢渡り魔法』に干渉し、彼女の夢に入ることは出来るだろう。ただカーデン宰相、もしかしたら夢の中へと囚われてしまう可能性もある。それを心して挑んでほしい」





 魔法師は、そんなことを言う。

 セシリーンは『夢渡り魔法』という特異な魔法を使える。だからこそ、その魔法に無理やり干渉することは出来る。だけど、だからとはいえ、それでどうにかなるわけではない。



 魔法という力には、危険を伴うものである。



「ああ。構わない。私は彼女に目を覚ましてほしい」




 目を覚ましてほしいと、そう願うからこその言葉。その言葉を聞いて魔法師たちは頷く。

 ブラハントは眠ったままのセシリーンの手を取る。そして魔法師がブラハントとセシリーンに魔力を注入する。――ブラハントの意識は途切れる。



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