夢渡り令嬢と腹黒宰相の危機 ⑨
「……ジスアド伯爵令嬢が?」
ブラハントはその知らせを知った時に顔を強張らせた。
その知らせは、セシリーンの父親であるソドアから伝えられた。セシリーンはキムアという伯爵令嬢に何かをされて、意識を失ったのだと言う。
その伯爵令嬢は、ブラハントの名を出してセシリーンに何かをし、そして捕らえられているのだという。ただしあくまでキムアという伯爵令嬢は、利用されただけのようで、これといって情報を持っているわけではないようだ。
(……主犯の伯爵令嬢は「こんなことになるなんて」と呟いているか。どういう効果があるかも聞かされもせずに、渡されたものをジスアド伯爵令嬢に使用したということか)
ブラハントはそう考えて何とも言えない気持ちになる。
結局のところ、巻き込んでしまったのはブラハントであると言えるだろう。ブラハント・カーデンという宰相に関わったがばかりに、そういう事が起きた。
それを考えるとブラハントの気分も沈む。
セシリーンは、危険な目に遭ったとしても逃げないとそう言い切ったが、そういう言葉を突っぱねれば良かったのだろうか。――そんな後悔さえも芽生える。
ただし、例えブラハントが突っぱねた所で、セシリーンは聞きはしなかっただろう。彼女は関わると決めたら、無理にでもかかわるようなそんな人間だった。
(……私に対して何か思う所のある令嬢が、ジスアド伯爵令嬢に対してこういう強行に出た。こういうことになる可能性があることは十分に分かっていたことだ。だけど、いざこういう状況になったからこそ、私は後悔してしまう)
ブラハントは、ソドアからの手紙を手にしながら色んな事を思考している。若き宰相として色んなものを切り捨ててきたりしてきた。時に非情になり、時に憎まれてきた。宰相として生きていくためにそういう風にして生きてきたのだ。
そんなブラハントの目から見て、セシリーンという少女は中々変わった少女だった。『夢渡り魔法』という特異な魔法を使えるからというのもあるだろうが、セシリーンは中々他にないような令嬢だった。
(ジスアド伯爵令嬢が何をされてしまったのかは分からない。だけど眠ったままというのを見るに王太子殿下にかけられたものと同じであると言えるだろう。ならば、『夢渡り魔法』を使いこなせている彼女なら、自力で目を覚ますだろうか。……それともこのまま眠り続けることになるだろうか)
ブラハントはセシリーンの事を心配している。とはいえ、宰相である自分が表立って行動を起こせば、ジスアド伯爵家にとって望まぬ未来になるかもしれない。なので自分から駆け付けるなどということはしない。
――ただブラハントは、キムア伯爵令嬢をそそのかした存在を捕まえることだけを考えていた。
目を覚ますことを望んでいたセシリーンは中々目を覚まさなかった。それはブラハントが騎士や魔法師を導入して元凶を追い詰めていっても変わらなかった。ブラハントたちが行動を起こしていても、セシリーン・ジスアドは目覚めない。
『夢渡り魔法』という稀有な魔法を持ち合わせている。その魔法を持つ存在なら自力で目を覚ますだろうと、そんな風に彼らは楽観視していたのだと言えよう。
セシリーンは『夢渡り魔法』を使えるため、その年にしては大人びている。それでいてブラハントと真正面から話して、大変な状況でも向き合っていけるだけの強さを持っている。だからこそ一人でも、誰の助けを借りなくても勝手に起きるのではないかと期待するのも当然であったと言えるだろう。
ブラハントはセシリーンをただの令嬢ではないと、そう買いかぶっていたことに気づく。そんなことはなく、彼女は『夢渡り魔法』という特異な魔法がなければ、ただの令嬢でしかないのに。
そのことに気づいた時、ブラハントは少し驚いた。
(――私はジスアド伯爵令嬢なら大丈夫だと期待していた。漠然と信じた気持ちを抱いていた。だけど、彼女はただのまだ年若い貴族令嬢でしかない)
その事実をブラハントは目が覚めない彼女に思い知る。
(私は――)
そしてブラハントはセシリーンのことを思い、自分の気持ちを自覚する。




