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夢渡り令嬢と腹黒宰相の危機 ④

 男はセシリーンがそう言う表情を浮かべていることに気づいているのか、気づいていないのか――それとも気にしていないのか、続ける。




「私と二人っきりになりたいからと此処にいるのでしょう。言葉にしてくれれば幾らでも誘いに乗ってあげたのに。何とも奥ゆかしい方だ」

「はい?? 何をおっしゃっているのでしょうか」



 突然の言葉にセシリーンは、背筋をぞくりと震わせる。



 まさか、こんな勘違い発言をされるとは思ってもいなかったのだ。

 セシリーンはこの子爵子息のことを決して知っているわけではない。顔見知り程度の仲であり、いうなれば目の前に現れるまで気にしてもいなかった。





(えー……、なんか勘違いしている? こんな風に勘違いされてしまったらどうしたらいんだろう? とりあえずここに二人でいるのは駄目だよね。こういう思い込みの激しい相手はヤバいって、夢渡り魔法を行使した時にも分かっているし)




 セシリーンは、夢渡り魔法を使えることによって人の身勝手さも知っている。




 その経験を踏まえると、セシリーンは今目の前で話しかけてきている男が危ないというのがよく分かる。

 ――目の前の男は、セシリーンが自分の事が好きだと思い込んでいる。

 セシリーンは目の前の男の事がヤバいと思って、「失礼します」と口にしてその場から去っていこうとする。だけれど、その手を掴まれてしまった。

 婚約者でもない子女の手を掴むというのは、本来なら不作法な行為である。だけれども目の前の彼はセシリーンの事を思い込んでいる。






「――なんて奥ゆかしいんだ。恥ずかしがって逃げようとするなんて!! そんなにはずかしがらなくていいんだよ」

「ええっと、私、貴方と話したこともほとんどないですよね? あの、今ならまだ勘違いでどうにでもなりますから、一旦手を離してくださいますか?」




 セシリーンはそう口にしながらも、目の前の子爵子息をどうしたらいいだろうかと頭を悩ませていた。

 どのように対応するのが一番良いだろうか。ただただそれを思考し続ける。



 セシリーンは夢の世界では百戦錬磨の経験を持つが、現実では普通の令嬢としてしか暮らしていない。なので、どんな風にしたらいいのか思い悩んでいた。

 ――その子爵子息は一切、セシリーンの言葉を理解しない。思い込みの力というのは凄いものなのだ。幾らセシリーンが否定しても、それを理解しない。




「本当に恥ずかしがり屋さんだな。いいからあっちにいこう」




 掴んだままの手を引っ張って、そしてそのまま人気のない所へ連れて行こうとする。

 セシリーンは意を決して、叫ぶ。




「だから、私は貴方と二人では話すことなんてないって言ってるでしょう!!」




 声をあげることで、異常に気付いて誰か助けてくれないかときょろきょろとあたりを見渡す。だけど運が悪いことに、人があまりいない。それにいたとしても好奇心旺盛な、男女の仲について興味津々な貴族しかいない。



 このままでは連れていかれていらぬ噂を呼んでしまうだけである。

 セシリーンは思わずといったように足を動かして、子爵子息の足を思いっきり蹴った。




「いたっ」



 声をあげて子爵子息はセシリーンの手を離してくれたので、セシリーンはその隙に子爵子息から逃げるために足を動かしだした。



(ああ、もうドレスだと走れないし! はやく友人たちのいるパーティー会場に戻らないと! とりあえず人気がいる場所に戻れればどうにでもなるし、どうにでも出来るはず)




 セシリーンはそう決意して、すたすたと動く。

 下手に騒いだら、噂になって婚約が結べなくなって困ってしまう。すたすたと足を進めて走りにくいドレスで移動していた。



 だけど、流石に足を蹴ったぐらいではあの子爵子息を足止め出来るわけではなかったのである。




 ガシッとまたセシリーンは手を掴まれる。

 セシリーンは、どうするべきかと頭を悩ませる。

 大声を上げようとした時に、夢の中で聞きなれた声がセシリーンの耳に聞こえてくる。




「――何をしている?」

「さ、宰相閣下!?」




 そこにいたのは、ブラハントである。

 ブラハントの言葉に子爵子息は、驚いたように声をあげて――そして、次に言い訳をし始める。





「――何をって、じきに結婚する者として交流を深めていたのですよ。男女の仲に関わろうとするなんて野暮ってものですよ?」

「……私は貴方と男女の仲などではありません!! カーデン様、助けていただけないでしょうか?」

「――彼女はこのように素直じゃないのですよ。でも私の事を彼女は好いているのですよ」




 セシリーンは話が通じない子爵子息にぞわぞわと寒気を感じてしまう。



 そして縋るような目でブラハントを見る。此処でブラハントが子爵子息の事を信じてしまえば絶体絶命である。




「私にはジスアド伯爵令嬢が嫌がっているようにしか見えない。今すぐその手を離して去るがいい。本当に将来を誓い合う仲だというのならば、正式に家を通して婚約者関係になればいいだろう。私の記憶ではジスアド伯爵令嬢には婚約者がいなかったと記憶している」





 ブラハントがそう告げて、子爵子息を睨みつければようやく彼は分が悪いと思ったのか去っていった。

 セシリーンはそれにほっとする。

 そんなセシリーンのことをブラハントがじっと見つめる。




「――ジスアド伯爵令嬢、もう少し君は気を付けた方がいい」




 此処が夢の世界であったのならば、もっとブラハントから小言を言われたであろう。だけどここは夢ではなく、現実だからこそブラハントはそれだけを告げた。



「はい。この度はありがとうございました。宰相様」



 笑みをこぼしてそう言い切ったセシリーンにブラハントが一瞬やれやれといった表情をしたのをセシリーンは確認した。



(あ、これ夢の世界で注意される奴だ)



 それを実感して、しばらくブラハントの夢へ行くのをやめようかなと考えていたのだが、「夢に来るように」とぼそっと言われてしまったためセシリーンは諦めた。





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