夢渡り令嬢と腹黒宰相の危機 ②
セシリーンは、社交界の時期だからこそ王都にやってきている。王都での日々は、セシリーンにとって楽しいものである。
社交界に参加するのは、緊張もするけれど楽しいことだ。両親からは結婚相手を見つけることを望まれていて、それは今の所叶えられる気配はない。
(うーん……、今年はカーデン様から頼まれたことをこなしているので一杯一杯だし、来年かな。でもそのうち私も誰かと結婚をすることになるなんて……想像がつかない)
自分が結婚した時のことを、セシリーンは想像が出来ない。ジスアド伯爵家で自由気ままに生きていたセシリーンは、結婚相手も自由に選んでいいと言われている。だからこそ余計に選ぶのが難しい。
逆に政略結婚で婚約者や結婚相手が家に決められていればセシリーンはこういう風に悩んだりしなかっただろう。どちらが良いかと思えば、どちらも相手次第といえるだろう。この世界では、貴族は離婚は中々しない。しないこともないが、よっぽどの理由がないと出来ない。だからこそ、きちんと結婚相手を選びたいセシリーンである。
セシリーンは、社交界に参加しながらも夢の世界に旅立っている。
ブラハントとは夢の世界で会っている。
「カーデン様!! 今回、手に入れた情報はこんな感じです!」
「ああ」
セシリーンがにこにこと微笑みながらブラハントに報告をしていた。その報告をブラハントは少し笑いながら返事をしている。
ブラハントもセシリーンと夢の中で会話を交わすことで、セシリーンに心を許してきていると言えるのかもしれない。セシリーンはその事実を喜ばしく思っている。
(カーデン様も時々私に笑ってくれるようになった気がする。特に王太子殿下を目覚めさせてから、カーデン様は私の力を信用してくれたのかもしれない)
セシリーンが夢渡り魔法により、この国のために貢献したからに他ならない。セシリーンが使えない人間だったのならば、ブラハントはこれだけセシリーンに関わることはなかっただろう。
(でもあくまで使えるからだからね。カーデン様は夢の中だから少しは気を許しているだけだろうし。でもカーデン様と話すのも楽しいなぁ)
セシリーンはそんなことを考えながら、目の前にいるブラハントを見る。
「カーデン様は、普段どんなふうに過ごしてます? 私は社交界に向けて情報収集したり、庭に出て遊んだり、街に出て遊んだりしてますよ。あ、でもちゃんと刺繍なども学んでますよ! そこまで得意じゃないですけれど、貴族令嬢としてどこかに嫁ぐためにはちゃんとしているんです!」
「君は……誰に言い訳してるんだ。そういう風に取り繕う必要は私の前ではないだろう。君がそういう性格な事は私も分かっている」
「ふふ。そうやって取り繕わなくてもいいって楽ですね。ところで、カーデン様は結局休みの日何しているんですか?」
「……本を読んだりしている。あとは王都を見て回ったりだな。私は宰相だから、自分の時間もそこまであるわけではないが」
「お勧めの本はなんですか??」
「――この国と他国の違いについて書かれた文献などは、読むのは面白いぞ。この国のためになる情報が沢山ある」
「うえっ、なんかすごく難しそう……。そういう本って、沢山の知識が手に入るって分かっているけれど……難しそうって思うと中々読む気にならなくて」
セシリーンは、ブラハントの隣で嫌そうな顔をする。
ブラハントが読んでいる本というのは、セシリーンが読むような物語とはまた違うのだ。そういう文章がびっしり難しい言葉ばかりなものは中々読もうと思えないのだ。
「君、それは偏見が入っているだろう。こういう知識は実際の農作業やこの国の文化を改革していくのに必要なものだ。例えば、隣国と我が国でどちらが麦の出荷量が多いのかという情報を知れば、土の状態がどちらが良いか分かるだろう。隣国の農家から情報を得てもっと出荷率を上げたりといった事も出来る。何も本の内容をすべて読む必要もない。気になる所だけでも読むだけでも後々何か役に立つものだ。どうでもいいと思っている情報でも、いざという時に役に立つ機会は幾らでもあるのだから」
ブラハントはそんなことを言う。
セシリーンはそのブラハントの話を聞いて、不思議な気持ちになる。今まで敬遠していたものだったとしても、ブラハントの言葉だとすっと心に入ってくる。
それはセシリーンがすっかりブラハントに心を許していると言う証なのかもしれない。
難しい文章、自分には関係がない話。そういう先入観があるからこそそういうものは難しく感じるのだ。
(……思えばカーデン様のことも、最初は怖かったし、腹黒宰相なんて言われているからどうなるんだろうって思ってたんだよね。だけれども、いざ仲良くなってみたらそうではなかったんだよね。カーデン様は悪い人ではなくて……信頼が出来る人だ。よし、なら読んでみようかな)
セシリーンは他でもないブラハントの言葉だからこそ、すんと受け入れられた。他の人が言ったのならば、そういう難しい本を読もうとしなかったかもしれない。
「じゃあ読んでみます! 読んだら感想教えますね!」
そしてそんな宣言をするのである。




