夢渡り令嬢と腹黒宰相の危機 ①
王太子であるドバイデン・トートイズが社交界に再び顔を出した。
長く眠りについていたため、このタイミングで社交界に顔を出すのはまだまだ身体が追い付いていないことである。
それでも王太子が長く姿を現わさないというのは、あらぬ疑いを生むことになる。王族というのは、国のトップであり、何かあれば大変なことになるのだ。
――ドバイデンが魔法により、眠りについてしまった事実は上層部しか知らない。一介の伯爵令嬢に過ぎないセシリーンが、その事実を知っていることがまず問題なのである。
セシリーンの元には王太子殿下や公爵令嬢から、秘密裏に報酬を受け取っている。ブラハントの夢に向かった時に本当は表立って大きな報酬を与えたかったとドバイデンたちが溢していたことをセシリーンは聞いた。
ただの伯爵令嬢であるセシリーンがドバイデンたちから直接報酬をもらうと大変なことになるというのも彼らは分かっているのだろう。
セシリーンにとってその思いやりはありがたかった。
(……それにしても自分のことを殺しかけた敵対勢力が近くにいるかもしれない。そういう状況でこんな風に笑えるなんて、王太子殿下は凄い精神力。私は同じ立場になったらこんな風に外に出れないと思う。そういうところでこうして穏やかに笑えることが上位の貴族だよね)
セシリーンは王太子や公爵家ほど責任のある立場にない。責任のある立場にいる存在は、それだけどんな時でも笑みを浮かべる必要がある。セシリーンも貴族令嬢として表情を偽ることは出来る。
それでも……王家や公爵家ほどの立場ではない。
セシリーンはそういう王族と上位貴族のことを尊敬している。国のために死力を尽くし、本心を隠して微笑む。そういう姿は、セシリーンが忠誠を誓う王家の姿である。
(そういう王家に対して、思う所がある人がいる。私には気持ちは分からないけれど、人によっては権力をどこまでも求めている人が沢山いる。そういう人たちに王太子殿下たちは対応しているんだよね。……うん、やっぱり凄い)
ドバイデンやイーシスは、何事もなかったかのように笑っている。その様子はきっとドバイデンたちを貶めようとしていた人たちにとってみれば面白くないだろう。
セシリーンはパーティー会場で周りを見渡す。
――皆が笑って、ドバイデンと話している。ドバイデンを見据えている。でもきっとこういう近場にドバイデンたちの敵はいるだろう。
そう言う場所で笑える強さを素直に尊敬する。
セシリーンがじっとドバイデンを見据えていたからだろう。友人たちにからかうように話しかけられる。
「あら、セシリーン。王太子殿下を熱く見つめちゃって」
「セシリーンも王太子殿下のことを好きになったのかしら?」
「いやいや、滅相もない。他意は全くないわ」
セシリーンは否定する。
ドバイデンのことはかっこいいとは思っているけれども、セシリーンにとってはそれだけである。それ以上の感情はない。
下手に勘違いされてややこしいことになっても困るのできちんと否定しておく。まぁ、王太子殿下に憧れる令嬢は多いので、此処でセシリーンが頷いたところで目立ちはしないだろうが。
セシリーンは社交界に参加している子息令嬢たちと会話を交わしながら、過ごした。両親から言いつけられている結婚相手探しには相変わらず身に入っていない。
(……んー。正直王太子殿下の事情に関わっていると結婚相手探しなんて身が入らない。国内が大変なことになっていると思うと、そんな気分にならないしなぁ。それに私は心が焦がれるぐらいの相手に出会っていない。そういう風な相手に出会ったら、こういう場面であっても恋に夢中になれるものなんだろうか)
セシリーンは恋を知らない。情熱的な恋を知れば幸せな気持ちになれるだろうか。そんな憧れも年頃の令嬢として当然あるが、セシリーンはそういうときめきを感じた事がない。
(……私が気になる人って誰だろう。一緒に居て心地よい人がいい。出来れば私の夢渡り魔法の事を受け入れてくれる人がいい。私のすべてを受け入れてくれるような人がいい。私の魔法は客観的に見るとある意味危険も伴っている。今回、私はその魔法を使って王太子殿下の事を救う事が出来た。そんな風に私の力は周りに大きな影響力を与えるものだから)
――そういう相手が欲しいと思うけれども、例えばそういう相手ではなくても、セシリーンが貴族令嬢である限り、誰かと婚姻は結んでいなければならないだろう。
自分がこういう能力を持っていても、受け入れている人。恐れない人……そう考えてうかんだのはブラハントだった。セシリーンはそれを思い浮かべて大きく首を振る。
(……うん。夢の中では遭遇していたとしても、カーデン様と私はそういう関係になるなんてありえないものね)
そうセシリーンは思考するのであった。




