夢渡り令嬢と腹黒宰相と国家機密 ⑤
「あ、これ連れ出しですか!」
「……君、分かってなかったのか?」
「ご、ごめんなさい! 何だか普通に楽しんでしまっていて……」
セシリーンは何処かのタイミングで抜け出さなければならないことは頭にあったが、お茶会も一生懸命やらなければならないとそればかり考えていて、どうやって抜け出させようとしているのか全く考えていなかったのだ。
「……まぁ、いいだろう。では行こうか」
「はい!」
セシリーンはブラハントに連れられて、まずは王城の倉庫へと向かった。何故、倉庫に? とセシリーンは疑問に思ったが、此処から隠し通路が繋がっていて、ドバイデンが眠っている場所に向かえるらしい。
その場所にたどり着いたらまず、セシリーンは誓約魔法をかけられ、その後、ドバイデンを起こすために夢渡り魔法を行使することになるらしい。
「王太子殿下が目覚めないことは極秘情報だ。それも間違っても周りに広めることはないように。これも誓約魔法をかけさせてもらうからな。この隠し通路のことも」
「もちろんです!!」
誓約魔法はかけてもらえるのならば、是非ともかけてもらいたいと寧ろセシリーンは思っていた。
(こんな風に国家機密事項をどんどん知ってしまうなんて落ち着かない! それにお茶会から着替えという名目で抜け出しているからそんな時間もかけられないだろうし。いや、でもまぁ、その辺はエグデーレ殿下やカーデン様たちがどうにかするかな? なんか言い訳を作ってやったら出来るよね。きっと)
セシリーンは隠し通路の中をすたすたと歩いていき、そしてようやくその場所へとたどり着いた。
窓のない部屋である。
セシリーンにはこの場所が王城の中のどの場所なのかも分からない。まずその部屋で魔法使いらしき老人から誓約魔法を受ける。セシリーンはこういったちゃんとした誓約魔法を受けるのは初めてだったので、緊張気味である。
ちなみにその場にはソドアも連れてこられていた。セシリーンの親として、この国の文官として立ち会いをしてくれることになっているようだ。父親であるソドアがいること、そしてブラハントが公正な人間であること。それが分かっているからこそセシリーンはその誓約魔法を快く受けた。
誓約魔法をかけられると同時に、魔力が自分の身体を巡り、何か枷がつけられたことがわかった。
「……誓約魔法に引き続きで悪いが、王太子殿下の元へ向かう。大丈夫か」
「はい! 大丈夫です!」
ブラハントの言葉にセシリーンは大きく答える。
夢の世界で、ブラハントと会話を交わしているからだろうが、大分、セシリーンの口調はブラハントに向かってきやすかった。ソドアはその様子に少し驚いている。ただブラハントは気にしていない様子なので、ソドアはそれ以上何かを言うことはなかった。
それからセシリーンは、ドバイデンがいるという隣の部屋へとブラハントとソドアと共に向かった。そこには王太子付きであるという古株の侍女のみがいた。その侍女は、ドバイデンが幼いころから王城に仕えている侍女である。
ブラハントが連れてきた令嬢であるということから、セシリーンが此処にくることは認めているものの、セシリーンが敵でないとは限らないため、セシリーンを厳しい目で見ていた。
(……凄い目で見ているわ。これで私が上手く目覚めさせることが出来なかったら怒られてしまうかもしれない。ああ、緊張するわ。カーデン様はいつも通りの様子だけれども)
セシリーンはその視線にびくつきながらも、ベッドの上で眠っているドバイデンを見る。美しい青年である。だけれども長く眠っているからか生気は感じられない。それでいて手足が細く感じられる。
それを見るとこのまま目を覚まさなければドバイデンは亡くなってしまう可能性が高いだろうとセシリーンには分かった。
夢渡り魔法で夢の世界だけで行動している分には、現実への影響力をそこまで考えられない。だけどこうして現実でドバイデンを見て、自分の力で目を覚まさせられるかもしれないと思うと――大きな重圧を感じられた。
だけれどもセシリーンは決意する。
(……よし、とりあえず出来るか出来ないかではなく、やってみることが大事だよね。私にはもしかしたら王太子殿下を目覚めさせることが出来るかもしれない。その可能性が一欠けらでもあるんだから、それを目指さないと!)
出来ることが一欠けらでもあるのならば、それを目指さない理由はない。セシリーンはそう思い立って、ドバイデンに近づく。
「えっと、じゃあ、行ってきます!」
何と声をかけて夢の世界で飛び立てばいいのか、セシリーンには分からなかった。じっと見つめてくるブラハントと、心配そうにこちらを見ている父親にそう言い切って、セシリーンはドバイデンの側に座り込んでその手を取った。
そして目を瞑る。
意識して、この目の前で眠る人の夢の世界に行くことを考えて、セシリーンは夢の世界に飛び立った。




