夢渡り令嬢と腹黒宰相と国家機密 ③
「カーデン様! 私を王城に連れて行ってもらうことは出来ませんか?」
セシリーンは、ブラハントの夢の中へと入りこみ、猫と戯れているブラハントに近づくと挨拶もなしにそう言い切った。よっぽど慌てていたのだろうことがうかがえる。
「王城にというのは、現実でか?」
「はい!」
「理由を聞いても?」
「王太子殿下の夢の扉を見つけました。だけれども、夢の扉に近づくことが出来ません。夢の扉の中に入れたら、夢を見ている王太子殿下に影響を与えて、起こすことが出来るのではと思うのです」
セシリーンは、簡潔にそれらの情報を言い切った。そしてセシリーンは続ける。
「それに現実で近くにいる人の扉は、その扉に入りやすいんです。だから私いつも、お父様やお母様の扉に入りやすかったりするんです。意図して近くにいる人の夢に入ったことはないんですけど……おそらく現実で近づけば、なんとか夢の扉に入れる気がします」
現実で物理的に近い人には、夢の扉は近づきやすい。今まで夢渡り魔法を行使してきて、その事実をセシリーンは把握していた。
だからこその決意の言葉であった。
「……しかし、君。王城にまで来てしまったら、君の存在が露見する可能性もある」
「王太子殿下に魔法をかけた存在にってことですよね?」
「ああ。王城に出入りする事が出来て、王太子に魔法をかけることが出来る存在なんて限られている。めぼしはついているが、まだ証拠はつかめていない。そんな状況で王城に君がくるのは危険だ。そのことは分かっているか?」
――ブラハント・カーデンという人間は、はっきりとそういうことを言い放つ。これでそういう可能性を一切考えていない令嬢ならば、そういうことを聞かされれば怯えてしまったかもしれない。
恐ろしい目に遭いたくないのであれば、此処で王城に行くことを拒むこともセシリーンには出来る。……最も本当に王太子を目覚めさせるものがセシリーン以外にいないと言う切羽詰まった状況にまで陥ったらブラハントも権力を使って、セシリーンを連行するかもしれないが。
セシリーンは、夢の世界で王城に連れて行ってもらえないかと問いかけた時にはもう腹をくくっていた。
「カーデン様、もちろん、分かっていますわ。それでも行けたらと思うのです。そもそも一介の伯爵令嬢でしかない私が急に王城に足を踏み入れるだけでも十分目立ちますし、あらぬ疑いをかけられてしまう可能性もあります。王太子殿下に魔法をかけた存在に悟られるというか、それ以外でも私にとって死活問題ですよ! それでも私は自分が頼まれたことはちゃんとやりきりたいですし、このトートイズ王国の貴族の一員としてこの国の問題を解決したいと思うのは当然でしょう! だから、私を王城に連れて行ってください!」
意志の強い黄色い瞳は、真っ直ぐにブラハントの目を見つめている。
その力強い宣言にブラハントは、小さく笑った。ブラハントが笑ったことにセシリーンは、驚いたような表情を浮かべる。
「君は……中々頑固だな。それだけ決意しているなら良いだろう。ジスアド伯爵に手紙を出す。王城に理由もなく訪れることは難しい。何らかの理由を作っておく。堂々と君は、王城に来るがいい。それで君は目立つだろうが……逆にそれだけ堂々としていたほうが君が王太子を目覚めさせるために王城に来たとさとられなくていいだろう」
「……うっ、堂々とですか」
「嫌そうな顔だな。やめるか?」
「い、いえ、女に二言はありません! 私は王太子殿下を目覚めさせるために全力を尽くすと決めたんです! 確かに色々と騒がしいことにはなるでしょうけれども――、それでも私はやります!」
堂々と王城に足を踏み入れ、目立つ立場になることはセシリーンにとっては恐ろしい事だった。下手な目立ち方をすれば、貴族社会というものは大変なものである。
そのことが分かっていてもやらなければならない時はある。
「いいだろう。ではジスアド伯爵に遣いを出そう。王城に来ると言うのならば君に危険がないようにも心がけよう」
「はい。よろしくお願いします! あと質問なのですが、お父様には事情を伝えても問題がないですか?」
「ジスアド伯爵にか……。そうだな。それはいいだろう」
「わかりました!」
父親であるソドアに事情を伝えて言いという許可をもらって、セシリーンはほっとしたように笑った。
流石に父親にまで隠しておかなければならないというのは、セシリーンにとってもやりにくいことだったのだ。
その日はそんな会話で終わった。




