夢渡り令嬢と腹黒宰相と国家機密 ①
「カーデン様、こんばんは」
何度目か分からない夢の世界。ブラハント・カーデンの夢の中に入ったセシリーンは、にこにこと微笑んでブラハントに話しかけた。
夢の世界では朝も昼も、夜もない。ただ、その人が見ている夢なのでどんな挨拶が適切なのかセシリーンは時々悩んでしまう。
「こんばんは」
「情報を集められたので報告をしますね」
まずセシリーンは、自身の集めた情報をブラハントへ報告した。
その情報の一つ一つがブラハントの手によってまた調べられ、現実に影響していくことだろう。
気づけば、もう最初に依頼をされた人物たちの情報収集は一通り終わっていた。もちろん、対象の相手のすべてが分かるほどその人の情報を集められたわけではない。それでもブラハントが求めるだけの情報は手に入れられたのだろうと、セシリーンはほっとしている。
(そういえば、カーデン様はご褒美をくれるって言っていたよね。対象の人の情報を集められたらって。何をくれるんだろうか? こちらから頼んでみてもいいんだろうか? でも幾らこの夢の世界でカーデン様と話していたとしても、私とカーデン様はただの雇用関係だし)
セシリーンは、ご褒美をこれからもらえるのかと思うと何だか嬉しくなっていた。でも自分からこういうご褒美が欲しいというのは何だか駄目な気がして、報告を終えた後にブラハントに何と声をかけようか悩んでいた。
そんな中でブラハントが口を開く。
「――それで君は何を欲しい?」
「へ?」
考え事をしていたセシリーンは、急にそのように問いかけられて驚いたようにブラハントを見る。そうすれば、ブラハントは呆れたようにセシリーンを見ていた。
「――全てをこなせたら何かやろうと言っていただろう。何か欲しいものでもあるのか?」
「え、えっとお金とか?」
「何故、疑問形なのだ。お金に関しては、きちんと仕事に応じたものを渡す」
ばっさりとそう言われる。他にないのかとでもいう風にブラハントは射抜くようにセシリーンを見ていた。
「――えっと、カーデン様、ちょっと夢の世界で遊びませんか!」
何と答えようか、どうしようかと考えて頭がいっぱいになっていたセシリーンは、ついついそんな言葉を口から溢してしまっていた。
そういうことを口にしようと思っていたわけではなかった。ただブラハントともっと仲良くなれたならばきっと楽しいだろうとそう思ってしまったのだ。
でも口にしてからセシリーンははっとなる。慌てて「冗談です」と口にしようとした時に、「良いだろう」とブラハントの口から聞こえてきて、セシリーンは驚いた。
「なにを驚いた顔をしている。君が言い出したんだろう」
「え、でもいいんですか?」
「夢の世界だし問題はない。私の時間が無駄に使われるわけでもないからな」
現実でならば、ブラハントはこういう誘いに乗ることはまずないだろう。
ただここはブラハントの夢の世界だから、ブラハントも現実世界よりも警戒心が薄くなっている。それに現実では多忙でやることが沢山あるブラハントだが、夢の世界では起床するまでの間は時間が余っている。その時間ならば構わないと思ったのだろう。
「えっと、じゃあ行きましょう!」
セシリーンは人の夢の中に入り込むことは多々あったが、こうしてその夢の主と一緒に遊んだりしたのは両親以外とはない。
「カーデン様、この王都の作りってかなり精密なんですけど、カーデン様は王都の事を隅々まで把握しているんですか?」
「それはそうだろう。私はこの国の宰相だ。特に王城と王都はトートイズ王国の要だ。その情報を私が持つのは当然だろう」
「それもそうですね。でもこれだけしっかり記憶しているなんて流石だと思います。私なんてジスアド伯爵領のよくいく街でも覚えられないのに」
「……この前の時も思ったが、君は伯爵令嬢でありながらフットワークが軽すぎないか。もう少し警戒心を持つべきだろう。そこまで街に顔を出しているのも貴族令嬢らしくない」
「せ、説教はなしにしてください! 私もこの前の件は反省してます。今度から王都に出かけるにしてもちゃんとはぐれないようにしますし、領地の街に行く時はもっと気を付けます! それよりも!! カーデン様、王都って綺麗な建物が多いですよね」
セシリーンは説教をされるのが嫌だったのか、そう言って話を変える。
ブラハントは真面目な人間であるというのが、少し関わっただけでもセシリーンにはよく分かる。ブラハントは正論をどこまでも口にするので、人によってはブラハントの事を口煩いと思うかもしれない。ただセシリーンは、ブラハントの真面目さをそこまで嫌だとは思っていない。
「トートイズ王国の顔が王都だ。この王都を綺麗に整えるのは当然だろう」
「これもカーデン様がお仕事を頑張っているからですよね。私なんてのほほんと令嬢生活してますから、余計にすごいなってなりますよ」
「……君は私に情報提供をしているだろう。のほほんと令嬢生活をしているとは違うだろう。君もきちんとやっている」
「ありがとうございます」
セシリーンは、ブラハントの言葉に嬉しそうに微笑む。
セシリーンはブラハントと共に、ブラハントの夢の中の王都を探索する。この前の王都の探索では、思う存分探索を行うことは出来なかった。だからこそ余計にこの場所を探索できることが楽しかった。
もちろん、夢と現実では色んな事が異なるものだけれども――このブラハントの夢の世界はほぼ正確な王都の様子が見られて楽しいのだ。
(周りの人たちは、ブラハントの夢が作りだしているだけの幻想。そう考えると今ここにいるのは私とカーデン様だけなのか。何だかそう考えると不思議かも。私がこういう夢を渡る能力を持っているから、こうしてカーデン様と話せるわけだし……うーん、なんか現実だとカーデン様と話すこともほぼないし、現実味がない感じだよね)
この場所にいるのは、セシリーンとブラハントだけである。
幾ら周りに人が沢山いるように見えても、それはブラハントの夢が現した幻想でしかない。
この広い夢の世界に、二人きりというのはセシリーンにとって不思議で、だけど楽しいものだった。
「カーデン様は、休日は何をしているんですか?」
「休日などない」
「……え、いやいや、カーデン様、それだと働きすぎではないです? カーデン様が忙しいのは分かってますけれど、身体ってのは資本ですからね! ゆっくり寝て、ちゃんとご飯食べないと駄目ですよ!!」
ふと話しかけて、休日がないことを知ってセシリーンは思わずと言った風に声をあげてしまう。
セシリーンは眠ることが好きである。身体を動かすことも好きだが、よく動き、よく寝るというのを実践しているのがセシリーンだ。セシリーンは毎日、自由気ままに生きているため、ブラハントのように休みがないというのが信じられなかった。
それにブラハントは、このトートイズ王国にとって必要な存在である。有能な宰相としてこの国を先導する存在だ。そんな存在が無茶をして倒れてしまったらどれだけの損失だろうか……と考えるとおおきな損失である。セシリーンでもそれが分かる。
「君が考えているほど、無茶をしているわけではない。安心するといい」
「本当ですか? 何だかカーデン様って、誰にも止められなかったらずっと仕事をしそうなイメージなんですけど」
「それはただ単に自己管理が出来ない男だろう。これからのためにも私は倒れるわけにはいかない」
ブラハントは、セシリーンが思っているよりもずっと自分にも厳しいらしい。
その冷たさを含んだ言葉からでもブラハントの人柄がうかがえると言えるだろう。
「やっぱりカーデン様は凄いですね。私なんてよく無茶してお母様とお父様に注意されたりするのに!」
「君はそうだろうな。想像がつく」
「えー、何ですか、それ」
セシリーンは、ブラハントの言葉に少し不服そうにブラハントを見る。
そしてそんな会話を交わしていれば、時間はあっという間に過ぎて行った。
「――そういえば、カーデン様、全てが終わったら次に頼むことがあると言ってましたけど、それは何ですか?」
「これから話すことは国家機密事項なため、他言はしないように」
「……はい」
国家機密事項などと言われて、セシリーンは冷や汗をかいてしまう。
国家機密なんて恐ろしいものを聞きたいとは思わない。それでも期待されているのならば、国のためになるのならば、セシリーンはブラハントの言葉を聞くことにした。
「ドバイデン・トートイズ殿下の目を覚まさせてほしい」
ブラハント・カーデンは、そんなことを言い放った。




