夢渡り令嬢と腹黒宰相の共謀 ⑩
「セシリーン、最近楽しそうね。何かあった?」
「えっと、そんなに楽しそうに見える?」
セシリーンは、友人からの問いかけに不思議そうに問いかける。
その日は、いつものように社交界の合間に行われていたお茶会である。セシリーンはブラハントの依頼をこなすことを一生懸命であまり社交界に身が入ってはいない。
「ええ。とても楽しそうに見えるわ。恋でもしたのかしら?」
「え? いや、それはないわ」
セシリーンは、友人の言葉にはっきりとそう答えた。本当にセシリーンが恋をしていたら、もっと戸惑うというのが友人たちも分かっているので、それを聞いて残念そうにしている。
「あらあら、残念だわ。セシリーンの恋のお話が聞けるかと思ったのに。恋ではないとなると、何かしら? 予想もしない方と遭遇したとか? まさか、最近社交界に顔を出していない王太子殿下とか……」
「そんなわけないでしょう。王太子殿下とは去年の社交界で挨拶をしただけだわ。それに王太子殿下は婚約者が決まっていないとはいえ、ほぼサグザ公爵令嬢と決まっているじゃない。私みたいな一介の伯爵令嬢が近づくなんてことになったら大変なことになることぐらい目に見えているもの」
このトートイズ王国には、一人の王子殿下と、三人の王女がいる。
王太子であるドバイデン・トートイズ。彼の年はセシリーンよりも二つ上程度である。美しい顔立ちと、有能さからこの国で騒がれている存在である。セシリーンも社交界の場で、ドバイデンと会話を交わしたことはある。その時に美しい人だと思ったものだ。
その王太子であるドバイデンは、今シーズンの社交界には顔を出していない。そのことで社交界ではそれなりに噂になっている。隣国に外交に出かけていると言われているが、これだけ姿を現わさなければそれなりに噂になるものである。
「それもそうですわね。王太子殿下とザクザ公爵令嬢様はとてもお似合いですものね。想像が外れてしまったわ」
「そうね。外れているわね」
「楽しそうにしている理由は教えてくれないのかしら?」
「ええ。秘密です」
「ふふ、まぁいいわ。貴方が楽しそうにしているのは私も見ていて楽しいから。でも恋話を出来るようになったら教えてもらえると嬉しいわ」
「そっちも教えてね」
「私もそういうのはないわ」
ちなみにセシリーンは一人の令嬢――特に親しい伯爵令嬢と話している。他の令嬢たちはそれぞれ別の話に華を咲かせていた。
(……私はこんな風に仲が良い友人には楽しそうに見えるのね。カーデン様と少しずつ話をしていることを、私は楽しいと思っている。うん、でも流石に社交界の場では、そういうの出さないようにしないと。それに王太子殿下ではないけれど、カーデン様もその見た目で有名だもの。周りに悟られないようにしないと!)
セシリーンは、ブラハントと会話をすることを楽しいと確かに思っている。でもそれはあくまで、今の距離だからである。セシリーンは何も現実でブラハントの傍にいて、ブラハントに近づきたいと願う女性陣たちとバチバチしたり、宰相という立場故に狙われるブラハントと一緒に狙われたいわけではない。
「――セシリーン、今、最近鉱山が見つかったということを話題にしていたの」
「びっくりよね。まさか、あの男爵様が国に隠して、国を欺こうとしていたなんて」
――先ほどまで別の話題に花を咲かせていた貴族令嬢の数名が、セシリーンに向かってそう問いかけてきた。
話を聞いていて、セシリーンにもピンとくる。これはセシリーンがブラハントに夢の内容を伝えて、ブラハントが動いた結果発覚した鉱山の話題である。
「そうね。私も話を聞いた時にはびっくりしたわ」
セシリーン・ジスアドは、夢を渡る能力があるが故、他の令嬢が知らないような情報を知ってしまったりもする。そういう現実ではセシリーンが決して知る故もない情報を話題にされた時は、大体セシリーンは同調の言葉を口にして後は黙り込むことにしていた。
(……カーデン様からの情報収集の依頼をこなして、余計に私は普通の伯爵令嬢が知らないはずの情報も手に入れられるようになってしまった。国のために力になれることは嬉しいけれど、知らないはずの情報を私が知っていたらおかしいからそのあたりは気をつけないと)
幾ら楽観的な思考を持つセシリーンでも、知らないはずの事を知っているという事実や、人の夢を勝手に覗き見をする魔法の事は人に知られない方がいいことは分かっている。
――目の前の友人たちとは、それなりに長い付き合いだ。セシリーンは、令嬢たちと会話を交わすことは楽しいと思っているし、それなりに心は許している。
それでもそういう事実を知られたら周りの態度がどのように変化していくかは分からない。
なのでセシリーンは、夢渡り魔法で得た情報やその魔法自体の事を両親ぐらいにしか話したことがない。
(……そっか。私、カーデン様と話すのが徐々に楽しくなっているのは、カーデン様には自分の魔法の事を隠さなくていいからというのもあるのかも)
セシリーンは、自分の夢で出た情報を隠し、自分の魔法を隠してきた。
知られたら大変な事態になるかもしれないという両親の言葉はもっともな事で、それに同意したセシリーンは自らが得た情報も、自らの持つ能力も基本的には外に出すことはない。
だけれどそうして隠すということは当たり前のようにこなしていても、少し疲れてしまうものだ。時々は、そういうことを隠さずに語りたくもなるものだ。
血のつながった家族というわけでは決してない。赤の他人であるブラハントは、セシリーンが夢渡り魔法を持っていても恐れなかった。不気味がることもせず、自分の夢に侵入されることを国のためだからと受け入れた。
――ブラハント・カーデンの、セシリーンを見る目は最初からずっと一貫して変わらない。
あくまで国のためにつかえそうだと、セシリーンに話を持ち掛けていたが、セシリーンを道具のように扱おうとしているわけではない。セシリーンに対して嫌悪の表情を見せることもない。ブラハントとセシリーンの関係はただの雇用関係のようなものである。
それがきっとセシリーンには心地よいから、ブラハントと話すことが徐々に楽しくなっているのだ。
そのことに気づいてセシリーンは思わず小さく笑みをこぼしてしまうのであった。




