夢渡り令嬢と腹黒宰相の共謀 ⑨
「カーデン様、この前はありがとうございました! カーデン様のおかげで助かりました」
「君か……。周りを困らせるのはほどほどにしなさい。貴族の令嬢であるというだけで君は自分が思っているよりもずっと影響力がある。貴族の娘である自覚をもっと持つ方がいい」
「あー。はい! 十分にそれは理解しています。この前は本当に考え足らずですみません。今度からああいう場合の行動を改めます!」
此処は、ブラハント・カーデンの夢の中。
その日、セシリーンは、ブラハントの夢の中へとやってきていた。
ブラハントの夢は相変わらず王都や王城が多い。ブラハントがそれだけ王都と王城になじみ深い暮らしをしているということだろう。
何度来ても王都も王城も現実と変わらないような位置関係にあるので、セシリーンは毎回凄いなと思ってしまう。
セシリーンは、ブラハントに報告のためにやってきたのだが、早速この前王都に出かけた件を言われてしまった。
「それならいい。ジスアド伯爵に迷惑をかけないように」
「はーい……えっと、カーデン様って、猫とか好きなんですか?」
「は? なんだ、突然?」
「いや、結構、夢の世界に来ると猫が近くにいたり、猫の頭を撫でたりしているじゃないですか。猫が好きなのかなぁって」
話を変えるために、前々から気になっていたことを問いかけた。
そうすれば、セシリーンにとって予想外の態度をされた。
「……君には関係がないだろう」
恥ずかしそうにそっぽをむいてそう言われて、セシリーンは驚いたものである。
(わっ、恥ずかしがっている? カーデン様がこんな風に恥ずかしがるなんて思っていなかったからびっくりだわ。でもちょっと可愛いかも。……いや、可愛いなんて思うのは失礼かしら。でもちょっと可愛く見える)
セシリーンは、そんなことを考えながらじーっとブラハントのことを見てしまう。
「……それよりもだ、君、何か新しい情報は手に入ったのか?」
「あ、はい」
ブラハントは恥ずかしいのか、話を変えた。
セシリーンも引き続きブラハントをからかう気はなかったので、そのままブラハントの話に乗ることにする。
「ブラハント様が調べるように言っていた方――伯爵家の侍従の夢ですけれど、中々面白い内容でした」
「……面白い?」
「はい。なんというか、異性ではなく、同性を好んでいるようで、そういう夢でしたよ。そういう方はあまり見かけた事なかったのでへぇってなりました。彼の夢は美しい少年を侍らすことらしいです! そのために向上心が強いっていうか、野心が強いみたいですね」
セシリーンは、そんなことをさらりと告げる。
ブラハントは、そんな言葉が返ってくると思わなかったのか無言である。その態度を見るに、ブラハントは一般的な異性愛者なのだろう。
「野心のある彼は、伯爵を騙してでも、周りを蹴落としてでも上に上がろうと思っているようなそんな感じみたいですよ。夢の世界で伯爵のことを踏みつけたりしてましたもん。ちょっとSっ気もあるのかもしれないですね。そういう感じだから何かきっかけがあったら堕ちる所まで堕ちそうな感じって言うか」
「……そうか。やはりそういう動きがあるんだな。他には何か見えたか?」
「んー、とそうですね。商人みたいなのはいたのと、商品が見られましたね。商品は布製品みたいな感じで、ただその侍従の夢の中ではちゃんとした商品って感じではなかったというか、なんか不思議な感じって言うか、まぁ、私にはそこまで詳しくは分からないんですけれど」
セシリーンは、その伯爵家の侍従の夢に入った時のことを思い起こしていた。
その夢の扉は、あまり見たことがない扉だった。それはその侍従が同性愛者で、野心が強いという属性を持ち合わせているからと言えるだろう。そういう不思議な扉だから、最初に入るのを躊躇っていたものである。
その扉を入った先には、男性ばかりしかいなかった。それだけその侍従が女性よりも男性に関心が強いという証であろう。セシリーンも女性の姿では目立ちそうだと思い至って、その夢の中で自分が男性に見えるように変化させて移動していた。
その夢の中で見たものは、その侍従が仕える伯爵を踏みつけてたり、周りを蹴落とそうと高笑いしている様子だった。表ではどういう態度をしていようとも、内心ではそういうことを考えているということがよく分かる。
内心で思っているだけならば問題がないが、彼の夢の中では商人や布製品が見られた。それらを使って何かをしようとしているのではとセシリーンは思っている。
セシリーンには、その夢から現実にどんなふうに作用するかどうかは分からない。想像は出来ても実際に調べる力はない。
だけれども、目の前のブラハント・カーデンという凄腕宰相ならば、セシリーンの情報を上手く使うことが出来るというのをセシリーンは分かっている。
「――よくわかった。その情報を上手く活用しよう」
「はい。……ところでこの前、私がお伝えした情報は何か活用できましたか? 自分が伝えた情報で役に立っているかどうか、知れたらなと思うのですけど……。あ、でももちろん、言える範囲でです! 国家機密などを私は知りたいわけではないので」
報告を終えたセシリーンは、ふと気になったことを口にした。セシリーンが以前伝えた男爵の情報がどのように活用されたのか、いや、そもそも活用されたのか……というのがセシリーンには伝えられていない。
セシリーンはブラハントに見つかって、そして夢渡り魔法の力でブラハントに情報を提供している。それによって報酬をいただいてもいる。いただいている報酬に対して、自分の情報は役に立っているのだろうか、とそう考えてしまったのだ。
セシリーンは、自分の仕事に見合わない報酬を受け取りたいとは思っていない。目の前にいる男――ブラハント・カーデンは、国のために死力を尽くしていて、それらの情報を悪用しないと思っている。それでもどういう風に使ったかは出来れば知りたいと思っている。
「……そうだな。この前の情報では、男爵の領で新たな鉱山が見つかったことが分かった。それを隠して税をごまかそうとしていたようだ。元々急に羽振りがよくなったという情報はもらっていたが、何処で税金をごまかしているか情報がつかめていなかった。だから君の情報で、鉱山の情報をもらえて助かった」
「そうなんですね。私は情報を手に入れることは出来ても、そこから情報を集めることが出来ないから、そうやって情報収集して、現実に影響を与えられて凄いと思います」
それはセシリーンの素直な言葉である。
セシリーンにとって夢で手に入った情報は、所詮夢で手に入った情報としてでしか活用が出来ない。現実に影響を与えるようにすることは、セシリーンには難しい。
だからこそ、ブラハントがこうして現実に影響を与えられることに素直に感嘆してしまう。
「それが宰相である私の仕事だから当然だろう。そこまで凄いと言われることではない」
「そうはいっても凄いですよ。当然なことではないです。少なくとも私にはカーデン様のように手に入れた情報を活用することなんてできませんもの! 私に凄いって言われても嬉しくないかもしれないですけれど、それでも凄いって思いますもの!」
勢いよくセシリーンは、ブラハントに近づいてそう言い放つ。現実ではセシリーンはブラハントにこんな風に近づけない。でもここは、夢の世界だ。だからこそセシリーンは現実よりも思いっきりがよくなっている。
ブラハントに近づいてそう言ってしまったことに、セシリーンはその後にはっとなって、やらかしてしまったと慌ててしまう。
ブラハントが怒っているのではないかと恐る恐るブラハントを見る。だけど、予想外にブラハントは小さく口元を緩めて笑っていた。
「そうか」
「……はい」
その小さく笑う姿は美しかった。セシリーンはただはいと頷く事しか出来ない。
「えっと……カーデン様、カーデン様から言われている情報収集の相手って後数人なんですけど、追加でそういう相手とかはいないんですか?」
セシリーンはこの場の雰囲気を変えるために、そう言ってブラハントを見る。
ブラハントから頼まれている情報収集の相手は後数名だけである。少しずつその相手の夢に向かう目途はセシリーンには立っている。
だからそのうちブラハントからの依頼は終わるだろう。セシリーンは、こうして夢の世界でブラハントと話すことに少しずつ慣れてきて、楽しくなってきたのだ。
(……カーデン様が私の事を使えないと思ったら、今の状況は終わる。それは悔しいし、カーデン様の新たな一面が知れて楽しくなってきたから……私はこのままカーデン様と夢で話したいと思う)
セシリーンは、この関係をそのまま続けられたらと思っていた。だからこその次に関する言葉。
「……それは全ての情報収集が終わってから伝える」
「わかりました。では、私は情報収集頑張ります。ちゃんと全部終わらせられたらご褒美……なんていうか、何かしら褒めてくれるとかしてもらえたら……ごにょごにょ」
セシリーンは夢の世界だからとそこまで言い切って、後からブラハントに何を言ってしまったのだろうと声がどんどん小さくなる。
現実で出会って、夢の世界で会って、そして王都でも遭遇して――そうやって何度も会って、セシリーンにとってブラハントという存在が近くなっている。
現実では、宰相と一介の令嬢という決して近くない立ち位置。それでも夢渡り魔法でこうして話しているからこそ、距離が縮まったと勘違いしてしまいそうになっている。
小さな声なので、聞こえていないだろうと思っていたのだが、ブラハントはセシリーンを見て言った。
「……いいだろう。すべてこなせたら何かやろう。ただそれが終わったらまた別の仕事を頼むが」
「はい!!」
まさか聞こえていると思っていなかったが、ご褒美をくれると聞かされると何だか嬉しくなってセシリーンの声は大きくなった。
そんなセシリーンを見て、ブラハントは少し呆れた様子を見せていた。
セシリーンは、ブラハントからのご褒美に何をもらえるだろうかと楽しみで仕方がなくなっていた。




