2話 僕は装備を整えた
部屋着のまま召喚された僕は、勇者パーティのメンバーだというふたりに連れられて王城の武器庫に来た。ゲームと違ってヒノキの棒と布の服で冒険に旅立つなんて事にはならないようでひと安心だ。そりゃそうだよね、王さまが呼び出して戦わせようというんだから。それなりにサポートしてくれるのが筋というもの。とはいえ上下ともジャージ姿で騎士と賢者に連れられて異世界の王城を歩き回るのはちょっと気恥ずかしいので、装備を整えられるのはありがたい。新作ゲームをプレイ前に取り上げられて戦わせられるんだから、最高級の装備をもらっても罰は当たらないだろう。
「いえ、勇者殿はまだ非力でいらっしゃいますので本格的な装備をつけてもまともに戦えません。最初は動きやすい軽装からになります。ミスリルの鎧も軽くなりますが、魔力を消費して軽くするだけなので魔力が不足する間は使えません。魔力切れになったらただの重い鎧なんです。」
「ではまず城内でトレーニングをするんですか?」
「それよりも城外で魔物と戦った方が早く成長できます。レベルが上がりますからね。」
「なるほど。」
というわけで布の服の上に薄手の鎖帷子を重ね、その上に皮製の動きやすい鎧を着ることになった。武器は扱いやすいショートソードを腰に下げる。異世界だというのに中世後半の欧州風のテクノロジー水準になっているのはお約束なんだろうか。全然違う技術体系の世界に放り込まれても訳が分からなくなるので困るんだけど、ちょっと不思議ではある。
「とはいえ死んでしまうと復活できませんので、動き方や道具の使い方は一通り訓練してからの出陣となります。」
「死ぬと復活できないの?!」
「当然です。未だに生命とはなんなのか、我らの魔術は解き明かせておりません。それは勇者殿のいた世界でも同じではありませんか?」
「それはそうだけど…」
コンピューターRPG風の世界なので、ドラクエみたいにすぐ復活できるのかと思っていたら違ったらしい。死ぬ危険があるとなるとちょっと不安になってくる。召喚の術は強力なもので魔王が倒されるまでは効果が続くらしい。つまり僕は魔王を倒すまで元の世界に帰ることができないのだ。なんてことしてくれるんだ、魔王を倒すまで新作ゲームが出来ないじゃないか。あの王さま絶対許さないからな。
「勇者さま、こちらへどうぞ。私ショートソードの扱いは得意なんです。使い方を説明しますね。」
眉間にしわを寄せている僕が不安になっていると思ったのか、ミリシアが僕の手をとり訓練場らしいところに連れて行ってくれた。女の子の柔らかい手が急に滑り込んできてドキドキする。手が汗ばんできたのが恥ずかしくて手を離したいけど、この柔らかさを堪能していたい気持ちもあって、どうしようかと思っているところでミリシアが手を離した。
「まず、よく使われる構えはこうです。」
「こ、こうかな。」
「そうです。そして、まず大事なのは武器を落とさない事です。武器を失った隙をついてやられてしまいますので注意してください。武器がなくて最初から逃げているよりずっと危険な状態になりますので、しっかりと握ってください。」
「う、うん。」
「ショートソードは切るのも突くのも出来ますので型を順番に練習していきましょう。まず切りの1の型がこれです。はっ!」
華奢な身体からは予想できない鋭い動きで上段から切りつけた。まるで映画の1シーンのように美しかった。
「技に熟練すればレベルが低くても戦いに勝つことができます。レベルだけでは勝負は決まりませんので、お時間のあるときには修練を欠かさないようになさってください。」
「う、うん。」
その後、一通り剣の型を教わっていたら日が暮れていた。
「基本的な動作は以上です。さすが勇者さま、飲み込みが早いですね。」
「そ、そうかなぁ。」
ミリシアに言われると迂闊にも嬉しいと思ってしまう。アニメによくいるチョロインの男版、それが僕だった。僕がデレデレしているとゼオシスが明日の予定を告げてきた。
「城内に勇者殿の部屋をご用意してあります。そちらに鎧と剣を置いたら入浴して食事にしましょう。明日は早起きして城外に出ますので早めにおやすみになってください。」
浴室は広くて清潔だったし、大きな浴槽に良い香りのする温かいお湯が満たされていた。こんなちゃんとしたお風呂に入れるなんて意外だったけど、ここは水が潤沢な地域なんだろうか。
夕食も結構豪華だった。メインの肉料理と野菜がたくさん入ったスープ、こんがりとキツネ色に焼かれたパンはどれもちゃんと美味しかった。中世あたりの文明レベルだと調味料も現代ほどは調達できない筈だし、煮ただけとか焼いただけのメシマズ料理が出てくるんじゃないかと思っていたらそんな事はなかった。聞いてみると魔法を使った高速船が異国の調味料を運んでくるらしい。じつは文明レベルは結構高いのかもしれない。魔王なんか放っておいて宇宙文明とか作っちゃった方が良いんじゃないか?
明日はいよいよ城外で魔物と戦うらしい。うっかり死んだら新作ゲームが出来ないし、HAYATO19と再会するチャンスもなくなってしまうから絶対に生き残って魔王を倒さないといけない。それと、ゲームから僕を引き剝がした王さまと魔術師をぶん殴ってから帰還しなければ。僕からゲームを奪って無事でいられると思うなよ。絶対許さないからな。
そんな事を考えていたら、運動した疲れのせいかすぐに眠ってしまった。
とりあえずの装備が整いました。
次回は魔物と戦ってレベル上げです。