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空腹勇者は天を仰ぐ  作者: 茅ヶ崎栄太郎
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序章 オレは飢えと戦う

「腹が…減った…」


オレは勇者ケンタロウ。

異世界に召喚されて勇者となったが元は県内の大学に通う大学生だった。


だが、今はそんな事はどうでも良い。

とにかく、途方もなく腹が減っている現状をどうにかしなければならない。

北にある街にたどり着くか、あるいは飢えて死ぬかだ。


「本当に、勇者殿の強さはすさまじいものだな。国王陛下が勇者を召喚すべしと決断されたのは正しいご決定だった。」


勇者パーティ3人のうちの1人であるゼオシスが興奮気味にそう話した。彼は国王に心酔しているようで何かと国王をもち上げる。特に尊敬する人がいないまま成人目前まで来てしまったオレからすると、彼のように誰かを強く敬愛する人というのはオレにとっては新鮮だった。将来を嘱望されている優秀な騎士らしく、人当たりもよくてすべてにソツがないオレとはまったく別の人種だが、ミリシアと同様、異世界から召喚されてきたオレの冒険仲間として一緒に戦ってくれている。


「勇者さま、大丈夫ですか?」


勇者パーティのもう1人のメンバーである賢者ミリシアが心配そうに声をかけてくる。彼女は回復も攻撃も出来る魔術のエキスパートだ。今回の敵は魔法による攻撃があまり効果的でなかったので主に回復役をやってくれていた。先ほどの戦闘中に何度も酷い損傷を受けたオレの身体を見ているので心配してくれているのだろう。


「大丈夫だ、傷は塞がっているし痛みはない」


オレたちは王都から遥か西方に位置する洞窟を攻略し、最奥部の意味ありげな遺跡内にいた岩の巨人を倒した帰りだ。近くにあるエルキドの街の住民による依頼でもあったが、洞窟の主というのが魔王軍四天王のひとりである岩の巨人だというのも理由の1つだった。魔王のいる城は四天王による魔術に隠されていてたどり着くことができないが、すべて倒してしまえば魔王城を見つけることが出来るらしい。よくそんな情報が手に入ったものだと思うが、国王配下の諜報部隊が魔王軍にまで入り込んで情報を得ているらしい。


岩の巨人はさすが魔王軍四天王というべきか、登場シーンも随分もったいぶっていたし、口らしい機関が見えないのにどういう仕組みなのか地響きのような声で「たどり着けたことを誉めてやろう」だとか「自分は魔王軍の四天王のひとりだ」とか「後悔させてやる」だとか、そんなたいそうな御託を言っていたのでボスキャラという事で間違いなさそうだった。その四天王の一角を死闘の末に倒したのだ。


巨体に似合わぬ素早さで巨大な腕を振り回して攻撃してきた時点で嫌な予感はしていたが、周囲に落ちている大人の背丈より大きい岩をブンブンと投げつけてきたり、ゴロゴロと転がって押しつぶそうとしてきたりとバリエーション豊富な攻撃をかわすのは至難の業だった。


実際、2度ほどまともに食らったところ1度は肋骨が折れて肺に刺さったようで、肺が血で満たされ呼吸が出来なくなり、凄まじい痛みに絶望しながら本当に死を覚悟した。治療魔法が存在する世界で本当に良かったと思うが、治療魔法が効果を及ぼしている間、痛みが倍増するので正直そのまま死んでしまいたいと思う瞬間も度々ある。ミリシアの回復術はすさまじいもので、腕がもげていても見る見る治ってしまう。何度か危険な傷を負いながらも岩の巨人の体躯を少しずつ削り取り、最終的に核だと思われる宝玉を破壊して完全に動きを止めることに成功した。若くして王国有数の賢者となったミリシアの魔力の残りはわずかだったので、本当にギリギリの勝利だった。


「いいえ、そちらではなく空腹の方です」


岩の巨人は四天王だという事で、経験値も大量に入った。勇者パーティの残り2人、賢者ミリシアと騎士ゼオシスはこの世界の住民なので既にレベル上限に達していてこれ以上はレベルアップしないが、オレは異世界から来た存在である為にレベル上限が存在しない。大量の経験値によりレベルが上がり、オレは前より更に強くなったわけだ。


本来、レベルが上がるのは良いことである筈だ。レベルが上がれば攻撃力が増すので敵を早く倒せるようになるし、体力が増して敵の攻撃に耐えられるようになる。魔力も増えるからより強力な魔法を使えるようになるし使える回数も増える。だが実はレベルが上がる事には重大なデメリットがあり、いまはそれが深刻な問題を引き起こしている。この世界ではレベルが上がるごとに食事量が増すのだ。


考えてみれば当然のことだ。身体から生み出す力が増すのであれば、そのエネルギーをどこかから調達しなければならない。召喚される前に住んでいたオレが生まれ育った世界でも、たくさん運動した日には空腹になるし、普段から運動している野球部の今井の弁当箱は冗談みたいに大きかった。運動だけじゃなく頭を使うのもエネルギーを使うという話で、将棋のプロであるプロ棋士は座ったまま将棋を指しているだけなのに、エネルギー補給が必要になって食事とは別にケーキや饅頭などのおやつを食べるんだそうだ。人間は食事以外からエネルギーを摂取できないから、身体がより大きな力を生み出すようになれば、当然必要な食事量も増えてしまう。


それがこの世界ではかなり極端なことになる。レベルが上がると腕力も体力も魔力もとんでもなく強くなるからだ。この世界のレベル上限に囚われているミリシアとゼオシスでさえジャンプすれば垂直に5メートルは飛び上がるし、素手で大木をへし折ったりも出来る。ミリシアの魔法もネット動画で見た対戦車ロケットの爆発ぐらいの威力がある。それだけの力を生み出すには相当量の食事が必要だ。


ところがオレにはレベル上限がない為、既に2人の比ではないところまで強化されてしまっている。実際、岩の巨人についても主に破壊したのは魔力を込めたオレの魔法剣だった。仲間ふたりとオレが戦ったらオレが圧勝するだろう。当然ながら、オレが飢えずにいる為に必要な食事量はとんでもない事になっているし、飢えるのもとても早い。


「正直、空腹はかなり酷いがそれも街に着くまでの辛抱だ。ともかく急ごう。」


本来人間は空腹のまましばらく活動するとまともに力が出なくなる筈だけど、この世界ではちょっと事情が違うようだ。召喚される前の世界のように力が入らなくなったり身体の動きが鈍ったりはせず、ただ空腹の苦痛を感じつつ生命力が削られるだけだ。魔法が存在する世界なぐらいだし、召喚される前の世界ではどんなにトレーニングを積んでも素手で巨大な岩を粉砕できるようにはならないので物理現象も身体のしくみも違うのだろう。いまはそれが幸いしている。動けなくなってしまっては餓死する前に街にたどり着くのは難しかっただろう。


「街が見えたぞ勇者殿。もう少し我慢してくれ。」


街だ!

これで飯が食える…!


オレは目を見開いた。狂おしいまでの空腹に言葉を返す余裕はない。気付いたらオレは駆け出していた。同行している2人を遥か後ろに置き去りにして、大学をサボりがちな学生だった頃のオレには到底不可能だった速さで走っていく。あの街には洞窟攻略前に立ち寄って何度か食事もしているので量が多くて味もなかなか良い飯屋の場所は覚えている。すさまじい速度で走りこんでくるオレをみた門番は驚いて静止しようとしたが、オレにはもう門が開くまでの時間を待っている精神的な余裕がなかった。ほぼ無意識のまま地面を強く蹴り、4~5メートルはあろうかという木製だが頑丈な門を飛びこえて店に向かう。ここから少し走ればすぐ着くはずだ。オレの強力な嗅覚は既に飯屋から漂うスープと揚げ物の香りを感じ取っていた。よだれが溢れるのが止められない。


「飯を頼む!!!」


最後に残った僅かな自制心で扉を蹴破るのは回避し、多少乱暴になったが開き戸を開けて飯屋に入ってそう言った。ちょうど飯時だったからか5分と待たずにパンとスープ、大皿に盛りつけられた揚げ物と木製のボウルに山盛りになったサラダが並べられる。歓喜に涙が出そうだ。


「いただきます」


もう限界だ。人間としての理性を保っていられない。猛烈な勢いで揚げ物に食らいつく。美味い。これほど美味なものがこの世にあったろうか。いや、これはもう美味いとかそういうレベルではない。根源的な欠落を塩と油の味と肉の旨味が埋めていく。口の中で混じりあう肉とパンの甘美な味が背筋を震わせる。全身が食べ物を取り込む喜びに悶えている。少し行儀が悪いが、最後に一口残ったパンをスープで流し込んでおかわりを頼む。しまった、次を頼む前に食べ終わってしまった。


「すまないが10人前ほどまとめてもってきてくれ」


少し待つことになるかと思ったら、次のメニューがすぐに運ばれてきた。以前何度か通った際にオレが大量に食べることを覚えていてくれたようだ。感謝で胸がいっぱいになるが食欲がそれに勝る。これも美味い。緑鮮やかな山盛りの香草にスパイシーなソースを和えた焼き肉が乗せられている。パンと先ほどとは違うスープまで付いている。急いで食べると満腹感が出にくいという話もあるので、少し食べるペースを落として味わいながら食べ始めた。しかし空腹はまだ収まっておらず、見る見る内にテーブルの食べ物は消えていく。


「勇者さま酷いです」

「いやー勇者殿、さすがお速い」

「済まない、気付いたら駆け出していた」


ようやく追いついて来たミリシアとゼオシスが文句を言いつつオレの隣と向かいに座って食べ始める。猛烈な勢いで食べ続けるオレたちは大量の食糧を平らげていく。黙々と食べ続けるオレたちのテーブルにウェイトレスが次々と食べ物を運んできてくれる。しばらくして2人は満足したようで手が止まるがオレは食べ続ける。まだぜんぜん足りない。


「すみません、あと10人前お願いします」


オレがまだ食べ続けそうなのを見てミリシアがウェイトレスに頼んでくれるが、少しして奥からウェイトレスと飯屋の旦那が出てきて言った。


「申し訳ない、勇者方。じつはもう食材がないんです…」

「そうですか。ではお代をお願いします。勇者さま、お会計済ませておきますね。」

「いえ、洞窟から現れる魔物で毎日のように人が死ぬ状況をなんとかしようと勇者様に依頼したのは街全体の総意ですし、お代なんか頂けませんよ。」

「そういう訳にはいきません。それに、今回は魔王軍四天王のひとりを倒すことができたので、王さまからも褒章が出ます。ちゃんと受け取ってください。おいくらですか?」


貰えないという旦那とウェイトレスに、断固払うと告げるミリシアのやりとりが何度か繰り返された後、旦那が遠慮がちに告げた金額は結構な額だった。どれぐらい食べたか覚えていないが、そんなに食べていたのか。オレはそうしたやりとりを聞きながら食べ続けていたが、やりとりが終わる頃には皿はすべて空になってしまった。そのときようやく店の主人が出てきてくれているのに無視して食べ続けてしまった非礼に気付いた。


「ご主人ありがとう、とても美味しかったです。」

「そんな!勇者様からお礼を言われるほどのことは何も…」

「いや、本当に美味しかった。助かりました。」

「お役に立てて光栄です。」

「食材を食べつくしてしまい申し訳ない。今日営業できなくなってしまいますね。」

「いやー勇者様とこの街の為だと言えばみんな分かってくれますよ。」


旦那に礼を言って飯屋を出る。洞窟の魔物に悩まされなくなるのがよほど嬉しいのか飯屋の旦那が外まで見送りに来てくれた。


「勇者さま、この後は宿に戻られますか?」

「いや、じつはまだ食べたりない。別の飯屋に行きたいのだが。」

「ええっ⁉」


それをすぐ後ろで聞いた飯屋の旦那が声をかけてきた。


「勇者様、申し訳ありません。他の飯屋も食材切れです。」

「というと?」

「じつは街の長からの指示で、勇者様が戻られたら大量に召し上がるだろうから街中の飯屋で協力して食事をご用意したんです。何度かおいで頂いたときに一軒の飯屋だけですべて賄うのは無理だと分かったので、勇者様がいらしたらすぐに連絡して街中の飯屋で作った料理を運んで来ていたんですよ。だからもうこの街の飯屋に食材は残っていないんです。」

「なんだって…」


そういえば裏で人が動き回る音が聞こえていたような気がする。厨房で調理している音かと思ったが、他の飯屋から運んできた物音もしていたんだろうか。


「明日になれば野菜の収穫はありますし、家畜もつぶせば食べられます。倉庫に備蓄してある穀物も急いで脱穀しているのでご心配なく。」

「そ…そうか…」

「ですが、このペースで消費してしまうと10日もすれば家畜も穀物の備蓄も食べつくしてしまい、冬にこの街が飢えることになります。申し訳ないんですがおもてなしできるのは2~3日が限界かもしれません。」


決して小さいわけではないこの街の備蓄食料が10日で枯渇してしまうという衝撃の事実に背筋に冷や汗が流れるのを感じた。岩の巨人は四天王の中では一番弱いという話だが、それに苦戦するレベルでこの食事量となると魔王を倒せるレベルに到達したらどうなってしまうんだ。


召喚されて冒険をはじめた頃には思いもよらなかった絶望的な状況にオレは頭を抱えた。


というわけで飢えスタートの序章でした。

次回は異世界に召喚された直後に戻る予定です。

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