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蛇の降る夜

作者: 右啓 遼一

 私は怪談話や、呪いの話、昔から伝わる因習など、様々な怖い話が好きだ。なんというか、楽しい話よりも怖い話の方がイマジネーションが働く感じがするのだ。まあ、その根底にあるのは”妖怪”や”おばけ”を自分が見たことがないため、そんなものはいないだろう、という何の根拠もない思い込みが原因かもしれない。すなわち、怖い話自体をエンターテイメント、悪く言えば作り話と決めてかかっているということだろう。

 実際、この体験を思い出したのも怪談などが原因ではなく、落語の『まんじゅう怖い』が引き金となったのだ。『まんじゅう怖い』の噺には、集まった人々の”一番嫌いなもの"を聞いていくというくだりがある。演者により内容は異なることがあるのだが、私が好きな落語家が演ずる『まんじゅう怖い』の”一番嫌いなもの”に<蛇>が出てきたのだ。

 私自身はべつに蛇が嫌いではない、もちろん好きでもないが。

 祖母の”一番嫌いな物”が蛇だったのだ。



 その日、小学校に上がるかどうかの年齢だった私は、高熱を出して寝込んでいた。確実な記憶はそれのみである。それ以外の記憶は、熱のせいであるのか、あるいは齢を重ねたことによる記憶の劣化かはっきりとはしない。

 とにかく、高熱を出した私は祖母とともに六畳の和室で寝ていた。ふと、夜中に目が覚める。高熱による寝苦しさであったか、それとも今も記憶に残るおぞましいものを見るためであったのか。

 部屋には祖母と私の二人しかいないし、部屋の蛍光灯は消しているにも関わらず、足元が薄明るい。しかも普通の明るさではなく、お化け屋敷でよくあるような緑色に明るいのである。幼心に何かがおかしいと思った私は、頭を冷やしているタオルがずれるのも構わず、足元を見るために頭を上げた。

 私の目線の先には二つの人影があった。一つは立っている人間、もう一つは、正座している人間、ともに少し宙に浮いているような状態であった。そしてそれらが薄緑の光に囲まれていたのだ。この時点で見続けていいものかどうか非常に迷った。どう考えても禍々しいものであることは間違いない。それでも、見ざるを得なかった。なぜなら、立っている人間がこちらを指さし何か大声で罵っているのがわかったからだ。何と言っているのかは全く分からなかった。とにかく大声で罵っているのだ。高熱でぼぅっとしている頭であったが、私はその人達を誰なのか確かめようとした。

 立っている人間は、白装束に長髪の女性で私の知らない人だった。その女性が長髪を振り乱さんばかりに怒り狂い、私と祖母の方を指さしているのだ。そして、その隣で正座しているのは、すでに故人になっていた曾祖母だった。曾祖母は遺影で見たことがあるため、すぐに分かった。

 とにかく怖かった。しかし、その二人から目を離せずにいた。隣で寝ている祖母を起こすために肩のあたりを揺さぶってみたのだがいっこうに起きる様子がない。その間も、白装束の女はずっとこちらを指さし罵っている。そして曾祖母はじっとこちらを見据えている。祖母を揺すりながら

「おばあちゃん、おばあちゃん!だれかいる、怖いよ!!」

あらん限りの声で叫んだつもりだったが、祖母が起きる様子はない。

 私は祖母の耳元で叫ぼうと思い、祖母の方を振り返った。そしてさらなる恐怖を覚える。

 祖母の首から顔にかけて、七、八匹の小さめの蛇がはいずりまわっている。そして、さらに同じような蛇が天井からボト、ボトと落ちてきていたのだ。蛇はそのうち祖母の顔の上にどんどん積もりだした。その光景を見て私は気を失ったのか、寝てしまったのか、記憶がそこで途切れてしまっている。

 その次の日、目が覚めると私は、当然祖母にその話をした。祖母は一瞬顔を曇らせたが、すぐ一笑に付し

「それは、あんたが熱を出しとったからや。ばあちゃんはなんも気づかんかったよ。わしは蛇が”一番嫌い”やさかい、そんなもんが顔に乗ったらそれこそ死んでしまうわ。」

と言い、取り合ってくれなかった。父や母にも話したが、同じような反応だった。唯一、祖父だけが

「そうか...。」

と言い、何か深く考え込んでいるようであった。

 そしてその夜、祖母が死んだ。

 死因は、心不全で何もおかしなところはない。しかし、わたしは昨日の夜のできごとと何か関係があるのではないかと思わずにいれなかった。

 私は、おばあちゃん子だったこともあり、相当に悲しみ、数日は泣いて過ごしたのを覚えている。しかし、時間が経つにつれ、悲しみが癒えるとともにだんだんとその夜のことも忘れていった。


 それから、十数年がたち私は大学生になった頃、祖父が死んだ。

 祖父は、本家筋の人間であったため、通夜、葬式には大勢の親戚が来た。私が初めて見るような人も多かった。葬式が終わり酒宴が始まると、親戚は口々に祖父の思い出を語りだした。その中で、気になる話がでた。

 まず、祖父と祖母の結婚は両者の望んだものではなかったということだ。祖父には別に想い人がいたが、戦争の学徒動員で徴兵されたため、急いで曽祖父がすすめた祖母と結婚をしたらしい。また、この結婚には曾祖母も反対しており、祖母を良く思っておらず、結婚後も祖母と曾祖母の関係は良くなかったそうだ。

 次に、祖父の想い人は後年、祖父と結婚できなかったことで気を病み、若くして自殺してしまったという。遺書には、祖母を呪う言葉が書かれていたということだ。

 そして極めつけは、曾祖母にはかなりの霊感があったということである。生前、霊障での困りごとについてかなり遠方から曾祖母を訪ねてくる者も多かったという。また、普通の者であれば丸一日かかるであろう山奥にある神社への参拝に、1時間程度で往復してきたなど、そういう噂に事欠かない人物であったようだ。


 さらに十数年が経ち、あの夜の出来事も、祖父の葬式の後の親戚の人の話も、どちらも忘れ、私も結婚して家庭を持ったころ『まんじゅう怖い』を聞いた。記憶がどんどんよみがえる。あの夜のこと、そして祖父の葬式の日のこと。二つを同時に思い出すことで、一つの恐ろしい結論にたどり着く。

 あの夜のことはこう考えられはしないだろうか?

 祖母を憎んでいた二人が結託して、祖母を呪い殺したのだと。祖母の"一番嫌い"な蛇を天井から落として...。

 実は、祖母も目が覚めていて気づいていたのかもしれない、それでも必死に「これは蛇ではない、蛇ではない」と言い聞かせていたのだとしたら。そして、あくる日私に「顔に蛇が乗っていた」と聞かされ、保っていた理性が切れてしまい神経が衰弱し死んでしまったのだとしたら。

 

 私は、祖母を殺してしまったのかもしれない。

 もちろん、真実はわからないが。

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