再開
ある日の授業。
うつらうつらと寝ている生徒が多い中、魔導書魔導学科主任のガンディー先生の『クリーチャー学概論B』が進んでいく。
授業内容はクリーチャーの心について。
人間を狂わせる魔力であるカースを、息をするように生成するクリーチャーに心があるのかどうかだなんて。
なんてくだらないのだろうと思っちゃう。
「今日の講義は、君たちにクリーチャーの心について考えてもらおうと思う。山ノ上宙太。君は、クリーチャーには心があると思うか?」
宙太くんもこの授業受けてたんだ?
返事のない宙太くん。
首を巡らせて彼を探してみれば、開始早々、寝ていたらしい。宙太くんが慌ててヨダレを吹くように口許を拭ってから、きょどきょどとして皆に笑われてしまう。
それでもなんとか「あると思います!」と答えを捻り出した宙太くんに、ガンディー先生は厳かに頷いた。
「では君はどうだい。オリーヴ・アルベール」
「無いと思います」
本当にくだらない。
教科書通りの模範的な解答は知っていたけど、私はあのクリーチャーに心があるとは思えない。
ガンディー先生は難しそうな顔をすると、ゆっくりと言葉を連ねた。
「教科書的な回答をすれば、クリーチャーにも心はある。もちろん心の定義を何とするかという話にもなってくるだろう。しかし、クリーチャーには明確な目的と意志があることは確かだ。皆も知っている通り、クリーチャーの多くは動物に近い。だからその多くは本能を目的としている。しかし、クリーチャーによっては知能指数の高い者もいる。邪眼魔導学科のアスタロト大公爵だって、はっきり言ってしまえばクリーチャーだ。だが彼のように、人間を理解し、自らのカース生成量を極端に減らすことで人間と共存できる者もいる」
アスタロト大公爵のような方が特別なんだといってしまえばそれで終わりだけれど、アスタロト大公爵という『例』があるからこそ、論じることができる理論。
だからといって、彼のような存在が少数派であるのも事実だ。
「つまり彼らに心があるのは、彼らが生きているからだ。そして、生きとし生ける者には皆、本能と理性から成る行動のアルゴリズムが存在している。それをクリーチャー学では『心の夜空』と形容する」
心の夜空。
言葉は綺麗だけれど、その中身はひどくおぞましいものに違いないと思ってしまうのは私だけじゃないと思う。
現に、授業を受けている何人かは顔に嫌悪を浮かべていた。
「なぜ、夜空なのか。それはとある魔法によって、この行動のアルゴリズムを目に見える形で表出させることができ、その時それが小さな夜空のような姿となって現れる。だから『心の夜空』と呼ばれるのだ。この夜空を映し出すと、大抵が真っ暗で輝きの無い空のように見える。ただ映し出すだけではなく、魔法によって輝きを与え、優しさや思いやりなど、あたたかな感情を加えることすらできる。そうすることで、まずクリーチャーの中に溢れるカースそのものを消しさることができる。さらに、クリーチャーと心を通じ合わせることも可能だ」
ガンディー先生が、黒板に大きく『リライヴ・セレモニー』と書く。
教卓に向き直ったガンディー先生は静かに教室を見渡した。
「この魔法はリライヴ・セレモニーと呼ばれる。だがこの魔法は、まず君たちには使えない。なぜならこの魔法の第一条件として、クリーチャーの心の夜空を表出させるのに大量の魔力を必要とするからだ。そしてその魔力を持つのは、この学園では、そうだな……ドロシー・フロム・オズ。学長くらいだろう。その大量の魔力を持つ者が、二十分間詠唱し、まず、クリーチャーの『心の夜空』を見える形として引きずり出す。これが『イクスプレス』、表出の段階だ。それからさっき第一条件といったからには、もちろん第二条件がある。この魔法の発動には魔法使いが五人必要なのだ。これは君たちでも大丈夫だろう。この五人の魔法使いが一斉に、心の夜空に向かって光を放つ。それを『ライトアップ』、点灯の段階と呼ぶ。このときの詠唱文がこうだ。『星のない空に、輝く光を』」
ガンディー先生が呟くと、彼の持つ魔導書から眩い光が生まれ、講義室を明るく照らす。
宙太くんがびくっとなって顔をあげた。あの子、もしかしてまた寝てた?
「さて、これで寝ている学生も目が醒めたかな。今回の講義のところ、必ず試験に出すから、聞けなかった生徒は講義が終わったら周りの人に頼んでレジュメを見せてもらいなさい。それでは次の話に……」
ガンディー先生が話を進めようとしたとき、講義室に「にゃーーー」と大きな鳴き声が響き渡った。
講義室が静まりかえる。
猫の鳴き声?
どこに入り込んできたのだろうと首を巡らせたとき、最前列の席で講義を聞いていた副会長のシャルロッテちゃんが悲鳴をあげる。
あら、シャルロッテちゃんの膝の上に子猫が飛び乗って、じゃれついているみたい。
「わ、私、猫は飼っていませんわ!」
誰への言い訳なのかな?
不思議な言い訳をしたシャルロッテちゃんに生ぬるい目を向けていると、今度は猫が私の方へ向かって跳んできた。
え? とか思う暇なく、すぱーん! と私の顔面を蹴りあげて、猫は窓から逃げていく。
「ちょっ!」
ガタッと立ち上がった時、私の他にもう一人猫を追いかけようとした人がいた。
葉加瀬ちゃんだ。
葉加瀬ちゃんは慌てたように教室から出ていこうとしたけれど、その首根っこをガンディー先生がひょいっと捕まえる。
「時ノ葉加瀬、猫を捕まえるのは後にしなさい。それと、猫は授業に持ち込み禁止だ」
ガンディー先生のその言葉で場は茶化されて、再び講義は始まる。
でも、その後の講義の内容はあまりちゃんと聞いていなかった。
あの猫、どこかで見覚えがあったような気がするんだよね。
どこで見た猫なのか、それを思い出そうとしたせいで、私はその日の講義はずっと上の空だった。
◇
ふらりとスバルの墓標の前にやって来た。
気がつくといつもここにいる気がする。
でも自然と向いてしまう足は止められない。
ここでスバルのことを考えると、今でも彼の声や顔が、鮮明に思い出せる。
ねぇ、なんであの時私を庇ったの。
ねぇ、なんであの時魔法を使わなかったの。
あなたほどの魔法使いなら、もっと良い方法は沢山思い付いたはず。
私が悪いのかな。
体がすくんで、動けなかった私が。
スバルの墓標を前に、私は懺悔する。
あれから私も強くなったんだよ。
攻撃特化だった魔法スタイルも、あなたを助けられたのかもという一心で、回復魔法だって覚えた。
二度と私は同じ過ちを繰り返さない。
例えあなたがまた私を庇って、その刃に身を貫かれても、私がきっと助けるから。
だから、ねぇ───
「おい、オリーヴ」
突然、背後から呼びかけられた。
知っている声。
懐かしい声。
だけど、聞こえるはずのない声。
「無視すんなって、こっちを見ろ」
幻聴かと思った。
でも、二回も呼びかけられれば、疑いようもなくて。
「何そんな辛気臭い顔してんだよ」
「スバル……?」
声に導かれるように後ろを振り向くと、そこにはスバルがいた。
三年前、悲劇の別れを告げる前の、あの頃の姿そのままで。
でも、私は覚えている。
あのアスタリスクの後、私はもう一度彼のもとへ行った。そしてその時に、確かに亡骸を見つけた事を。
スバルが、一歩ずつ、地面を踏みしめて歩いてくる。
私は一歩、下がった。
「本物……?」
「はぁ? 何言ってんだ。俺の偽物なんかがいるのか?」
「だって、あなた、死んだじゃない」
認めたくなかった事実を、絞り出すように告げる。
スバルは怪訝そうな顔をした。
「夢でも見てたのか? 俺はここにいるだろ?」
私の目の前にまで来たスバルは、私の肩にそっと手を触れた。
確かに存在するその質量。
たまらず、私はその胸に飛び込む。
私はスバルの背中に腕をまわした。
スバルが驚いて息を飲む気配がしたけれど、私の意図を汲んでくれたのか、身体をぐっと抱き込むようにして腕の中に閉じ込めてくれた。
とくとくと脈打つ鼓動と、温かな体温。
私の好きなスバルが、ここにいる。
「オリーヴ、どうした?」
黙ってしがみつくばかりの私に、スバルの声が降ってくる。
私はもう一度だけぎゅっと腕に力を込めると、身体を離して笑った。
「私、悪い夢を見ていたみたい。あなたが死んでしまう夢を見ていたのよ」
そう、悪い夢。
スバルが死んでしまう、悪い夢。
泣きながら笑う私に、スバルは困ったように笑うと、そっと頭を撫でてくれた。
「変なオリーヴ。それより、早く飯食いに行こうぜ」
そう言ってスバルは踵を返すと、すたすたと食堂の方へ向かって歩いていく。
「待ってスバル! 置いていかないで!」
せっかく会えたのに。
私は三年ぶりなのに。
薄情なスバルに文句を言ってやろうと、私は彼の背中を追いかけた。
スバルを追いかけて食堂へと着いた私は、そこでスバルの姿を見失ってしまった。
辺りを見渡して、食堂がおかしな状況に置かれてる事に気がつく。
何人もの生徒が床に倒れている中、副会長のシャルロッテちゃんが狂ったように笑っていた。
そのシャルロッテちゃんに対峙している宙太くん。
この状況に困惑していると、距離を取って傍観していたらしい葉加瀬ちゃんが側にやって来た。
「オリーヴさん、良かった。無事だったんですね。あの、シャルロッテさんは大丈夫なのでしょうか」
葉加瀬ちゃんに言われて、シャルロッテちゃんをよくよく観察してみる。
明らかに、なんらかのカースに感染しているように見えた。
「……おそらく、カースに感染しているわ」
「え?」
「このままじゃ、大変なことになる。宙太くんの加勢に入らないといけないけど……」
私はそこで躊躇した。
助けに入るべきだと分かってる。副会長であるシャルロッテちゃんの実力は折り紙付き。カースのせいで理性のタガが外れてるのなら、入学したての宙太くんだけでは瞬殺されてしまう。
でも、私は。
スバルを探さないと。
「オリーヴさん? どうかしましたか? 宙太くんの加勢に入れない理由があるんですか?」
妙に鋭い葉加瀬ちゃんに図星を差されて、私は目を泳がせてしまう。
適当に誤魔化せば良いものを、じっと見つめられて、私は溜め息と共にその心中を吐露してしまった。
「人を探しているのよ」
「人ですか?」
「私の、好きだった人。二度と、会えないと思っていた、大切な人よ」
「好きだった……?」
葉加瀬ちゃんが一瞬怪訝そうな顔になるけれど、直ぐに真剣な表情へと戻る。
「それは、人の命がかかっている事よりも重要な事ですか?」
葉加瀬ちゃんは、言いにくいことでも真っ直ぐに言ってくる。
その言葉に私が何も言い返せずにいると、突如熱風が襲いかかってきた。
ハッとして周囲を見渡せば、炎の壁が私たちを囲っている。
「パパ、ママ。私、この前あの人に魔法決闘で負けてしまったの。だから、もし勝てたら、いっぱい褒めて……ご褒美が欲しいですわ」
シャルロッテちゃんの声が響く。
「───では、戦いましょう?」
シャルロッテちゃんの言葉と共に、彼女の発動体であるトランプが宙を舞った。




