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 青色は、せいがくんの色。

 橙色は、来海ちゃんの色。

 茶色は、茶太郎くんの色。

 赤色は……。



「どうしてせいがは、らみるといるときに暑そうにしてるんだあ?オイラ、身体があついときは風邪だって聞いたぞお」

 茶太郎の問いに対し、せいがはぎょっとしたようにクレヨンを衝動的にぽきりと折ってしまった。

 指についた灰色の粉を服の裾で拭いながら、口をむぅっとへの字に結ぶ。

「そっそりゃ兄さん、気のせいってやつだ」

 上ずった声に首をかしげながらも、そうなのかあ、と気の抜けた返事をする茶太郎。

「せいががそう言うんならそうなんだなあ」


「恋バナってやつですの?私も興味があるのよ!」

 持ち直した短いクレヨンを、デジャヴながらにぽきりと折る。

 さっきまで地下の体育館で遊んでいたはずのエニモニが、すぐ近くにちょこんと正座していたことにも驚いたし、恋バナという言葉にも驚きを隠せなかった。

 わざとらしい咳払いをふたつし、二人の顔を見る。

「バレてるもんだな……まだなにも言えてないんだけどな」

「今からでも言えばいいですわ!」

「言うって何をだぁ?オイラ、恋ってやつは花を渡すもんだって知り合いに言われたなぁ」

 せいがはやいやいと盛り上がる現場に慌てて人差し指を立て、静かにさせる。幸いにもらみるはここにはいなかった。

 クスクスと楽しそうに笑うエニモニを見て、大きくなったなぁと出会いたての頃の面影と重ねた。

「そうだな、花か……。エニモニは女の目線に立てるよな、何色の花がいいんだ?」

 彼女は一瞬きょとんとして廊下の先の庭の方に目をやるも、すぐにああ、と理解したようにうなづいて腕をくんだ。

「そうですわね……でも、らみるちゃんと言えば、やっぱり紫ですの」

「らみるの瞳の色か、なるほど」

「じゃあオイラには茶色の花をくれるのかあ?」

「さっき恋をしたときに花をあげるものだって言ったのは茶太郎くんですわ!茶太郎くんは、茶太郎くんの未来のお嫁さんからもらうんですの」

 三人は何か違和感を覚え、苦笑を交わした。

「未来のお嫁さんかあ」

 そのためにもはやく外に出たいですわ、と嬉々として語るエニモニ。

 そうか、外に出たらバラバラな道に進むんだ……と突然冷たい空気がせいがの背筋を撫でた。


 今できることは今のうちにやってしまわなければ。そう、らみるだけではなく皆にも……。


「別に恋だけじゃなく、普通に友達とか家族に対してもよぉ、贈り物はしたっていいんだぜ」

「パパとママにも?」

 問いに対して頷くと、頭の上から新たな人影が飛び出してきた。

「じゃあくるちゃんはおかん達に手紙書く!」

 エニモニの両肩に手を乗せて前のめりに現れたのは、半袖半ズボンにタオルを肩掛けして息を切らしている来海だった。どうやら体育館で大暴れしてきたらしい。エニモニのポニーテールが来海の腹に押されて潰れている。

「オイラは家族も恋人もいないから、みんなに書くぞお」

 茶太郎くん一緒に鉛筆借りに行こ!と強引に腕を引っ張って急かす来海。茶太郎はゆっくりと立ち上がり、来海の髪をわしゃわしゃと掻き回した。

「オイラそんなにはやく動けないぞお」

 ちょろちょろと彼の回りをうろつきじゃれあいながら、扉をあける。


 大部屋から出ていった音がどんどん遠くなっていく。

 二人が元気に飛んで、跳ねて、走る音だ。

「……皆元気に外に出れたらいいんだけどな」

「え?せいがくん、今何か言いましたの?」

 ポニーテールを結び直している彼女にふっと笑いかけ「なんでもねぇ」と返す。

「明日は食事会だけどよ……みんなでこっから出てさ、今までできなかったことぜんぶやろうな」

 せいがが床に散らばった画用紙をかき集めていたのを、エニモニも手伝う。

「パパとママは私のことを待ってくれているの。うさぎさんのりんごだって食べたいですわ!明日が待ち遠しいよ、ですわ」

 うさぎさんのりんご?と聞くと、ええ、と元気な声が返ってきた。

「耳が赤色のりんごですわ!赤色は、私の色だから」

「じゃあ私は橙色やな!みかんとかやな!」

 神出鬼没の少女が大きな声を出しながらスライディングで現れ、悲鳴に似た声を出すせいが。

「せいが大丈夫かあ?やっぱり具合悪いかあ?」

 茶太郎がのそのそと心配そうに顔を覗きこんだ。

 心臓をはねさせた張本人はというと、お構いなしに便せんに鉛筆を走らせ始めている。

「橙色のりんごもあるのかなぁ、探せばありそうですわ!」


「はは……っもう、なんだこれ……」

 運命の日が近づいているというのに、いつもと変わらなさすぎる風景。

 せいがはそんな空気がなんだかおかしくなり、床に寝転んだ。

「なんとかなりそうな気がするな」

「オイラ、身体は丈夫だから、きっとすぐ外に出ちゃうよ」

 茶太郎が言った何気ないその言葉が、せいがの胸に染みる。

 せいがは返事をするように、ぽつりと「そうだね、兄さん」と呟いた。




 外山が部屋の扉を開けると、いつもの和気あいあいとした雰囲気の四人がいた。横並びにした机の左から順に、茶太郎、せいが、エニモニ、来海が指定の椅子に座り談笑している。


 この検査は地下の体育館と一階の大部屋に子どもを四人ずつに分け、それを二人ずつの審査員がみることになっている。

 とはいえ最終的には、外山が検査の様子を録画した映像や食後の診察を経て分析をするのだ。

「ついにこの日が来てしもたな~!」

「どんなキラキラが待っているのか楽しみですわ……!」

 机のしたで足をばたつかせる来海と対照的に、お行儀よく両膝を閉じ両拳を乗せているエニモニ。

 少女たちの瞳は輝きを増しており、待ちきれないといった様子である。

「まっオレたちはもう立派な青年だしなぁ、心配ないぜ」

「セイネンって"青"って字ぃ使った気がするなぁ、青ってせいがだけしかあてはまらなくないかあ?」

 二人で同じ腕組みのポーズをしている茶太郎とせいが。

 少年たちの口角もまた上向きであり、いつもと変わらぬあたたかい空気が漂っている。

 男性勢がリラックスしている(ように見える)のに対して、女性勢はやや興奮気味だが特に今のところは問題なく、体調は皆良好そうである。


「……よし、じゃあはじめようか。」

 外山は扉の小窓越しに、廊下の者に目配せした。


 ステンレス製の大きなキッチンワゴンが部屋に運ばれてくる。

 天板の上に乗せられた色とりどりの料理に一同は静まり返り、唾を飲み込んだ。

「すごい、これ全部ホンモノの食べ物ですの?」

「くるちゃん知ってる!これね、オムライスって言うんやで!あとこれは……オレンジジュース!」

「残念来海、それはオレンジジュースじゃなくて人参ジュースだよ」

 外山に指摘され、ぶすくれる来海。せいがは口をつぐんで、料理が運ばれる様子を見守っている。

「オイラこの葉っぱみたいなやつ、白いのしか見たことなかったなあ、何で色つけてるんだあ?絵の具?」

 外山は優しく微笑んだ。皆一様に新鮮な反応をしている。これだけでも得たものは大きい、と思った。勿論、これからのことは気を引き締めて取りかからねばならない。


 事務員が四人の机の上にそれぞれ同じ大きさの料理を同じ位置に並べていく。

 いちばん手前にオムライス、左上に葉野菜のサラダ、右上ににんじんジュースと口直し用の水が置かれる。

 真っ白な食器の上に置かれた色とりどりの食材達に、エニモニは目を何度もしばたいた。

「どれから食べてもいいよ。好きなものから口にするといい。ただしゆっくり、ね。急いで食べてはいけないよ。私はこれから君たちを観察するから喋らなくなるけど、苦しくなったらすぐに言いなさい」

 はぁい、とそれぞれの声が反響した。


『第一次色彩口腔摂取検査会、はじめ。』


「くるちゃん知ってるよ、ごはんってサラダから食べると太りにくいんやで!」

 どれから手をつけようかわたわたしていたエニモニに、今はまだそんなことは気にしなくていいであろう情報を声高らかに告げた。

「あら、物知りですわね」

 だっておねーちゃんやもん、と来海が言うとエニモニはムッとしたように唇を尖らせた。

 ……男性勢の異論もなく、四人一斉にサラダから食べることにする。

「いただきまあす」

 まず茶太郎があんぐりと口を開けて野菜を放り込んだ。一口目からかなりの量を押し込んでいるらしく、頬を膨らませてもごもごとしている。

「兄さん、どう?おいしい?」

 もさもさと葉野菜を噛みしめる音が耳に飛ぶ。

 ごくんと飲み込み口を空にしてから、

「ん~、オイラあんまりこれ好きじゃないなあ」

 といつもと同じ声色で話した。

 拍子抜けするほどいつもと変わらない茶太郎に安堵するように、せいがは嬉しそうに息を漏らした。

 茶太郎に続いて、他の子どもたちもフォークでレタスやベビーリーフを口に運び、噛みしめる。あおじそドレッシングの爽やかな香りが鼻から入り、舌に味わったことのない複雑な酸味と塩辛さが広がる。

 葉を噛めば噛むほどに、身体の中で色々な香りが行き来した。

「おいしい……私、サラダ好きや!」

「私も好きですわ、見た目もとってもキラキラしてますの」

 ぱくぱくとハイペースで口に運んでいる。すっかり新しい食べ物の(とりこ)という様子だ。

 興奮状態の二人に対し、せいがもまた茶太郎と同じようにあまり好きではない料理らしかった。

「なんか、にげぇ」

「お野菜の美味しさがわからないなんて子どもやん!テレビで言ってたで~」

 すました顔で知識をひけらかす来海。せいがはそれに構わずもきゅもきゅと美味しくなさそうに野菜を片付けていった。

「え~じゃあオイラも子どもなんだなあ」

 なんだかんだ言いながらも全員皿の底を光らせ、女性二人に関してはまだ食べたりないという感じである。


 一皿完食し、お上品に唇をナプキンで拭うエニモニ。その視線の先には、メインディッシュとも言えるオムライスが待っていた。

「これが、黄色のたまご……」

「黄色のたまごって、何の鳥のたまごなんだあ?オイラ白いたまごしか食べたことないからなあ」

 スプーンでちょいちょいと表面をつつく。

 てろんとした卵の層が、白いライトを反射してまるで朝焼けの海面のように映った。

「これ、もしかして中に何か入ってるのかあ?」

 恐る恐る山をすくって割ると、中に海鮮ピラフが詰まっているのが見えた。小さな海老やらかにかまぼこやらが小粒で散らばっている。宝箱みたいだ、と子どもたちは口々に言った。


「はぁ……本当にこんな色がいっぱい……目がずっとキラキラしてますの」

 その一言に、外山はエニモニの資料を手に取った。……"有彩色を目にした際、目の前がチカチカとフラッシュする・興奮から来る微熱・感覚麻痺などの症状が見られる"とある。

 もしかして、という頭によぎった考えは、的中する。

 口直しの水を皆が手にするなか、エニモニだけは……手を伸ばした先に、水がなかった。


「んくっ……え!?この水あま……」

 皆一斉にエニモニの方へと振り向き、ぎょっとした。

 彼女が橙色の液体を口にしていたからだ。

「エニモニちゃん、何言うてるん?それ水じゃ……」

 へ?という顔を浮かべて来海の方を見る。

 ……次の瞬間、エニモニはまるでスイッチが入ったかのように、突如として激しくむせ出した。

「エニモニ!?」

 せいがは慌てて彼女の背中をさすった。来海と茶太郎は目の前で起きたことがわからず、目を大きく見開いて固まっている。

 一体何が……そう思っている間もなく、エニモニは苦しそうにむせ喘ぎながら、それから逃れようと水に手を伸ばした。

 しかしまたその手は奥の水ではなく、にんじんジュースへと向けられる。あっと止める間もなく、彼女はごくりと大きな一口を飲み込んだ。

「っあ、痛い……!」

 手を震わせながらコップを遠ざける。

「だからそれ水じゃ……っ!なんで……!」

 せいがが本当の水を差し出す。背中をさする手は茶太郎に変わっていた。

 さっきまで目の前の色鮮やかなご飯に夢中だった彼らも、友人の異常に飛びついて不安な表情を浮かべている。

「水じゃ、ない……!?」

「そうだよエニモニちゃん、よく見て!それにんじんジュースや……!」

 肩と口で大きく息を繰り返しながら、痛みが一段落したのか声を絞り出す。来海に言われたことを確かめるように、目を何度もしばたいて橙色の液体を目視する。

 たしかに透明だと思っていたそれは、キラキラに邪魔されてよく見えないが、橙色をしていた。

「……嘘よ、そんなことしない……」

 来海はいてもたってもいられず、エニモニの震える手を優しく包み込んだ。


 だが、エニモニはその手を払う。

 来海は信じられないという目で顔を見た。……手を払った本人さえも、驚いた顔をしていた。

「や、ちがう……こんな来海ちゃん、知らない……!」

 潤んだ瞳を震えせて訴える。来海は少女が何を言っているのか理解できず、払われた手を引っ込ませることしかできなかった。


「エニモニ大丈夫かあ?」

 背中をさすり続ける茶太郎の声に、こくりとうなづく。

「……大丈夫ですわ、だいぶ楽になってきましたの……」

 幸いにも少量の液体であったからか、少しすると落ち着いた様子で目元を拭い、呼吸を整え出した。

「食事を続けないとですわ」

「無理しちゃダメだぞお、オイラは元気だけどエニモニは元気じゃないかもしれないしなあ」

 そう言われると首を横に振り、大丈夫、とはっきりと返した。

「……黄色は、いぶきくんの色だから」

 いつもより元気のない笑みを浮かべるエニモニに、茶太郎は眉尻を下げた。

「そうだなあ、オイラもたまに変なところに入っちゃってむせることあるなあ」

 先程よりも元気はないものの、いつもとあまり変わらない口ぶりでなだめる。


 来海は所定の位置に座り直し、深呼吸をした。外山の方を見ると、真剣な表情でカルテとエニモニに交互に目を通している。

 今一度、胸元に手を当て、来海は思考を巡らせた。何がなんでも外に出たい、たこ焼きも食べたいし芸人にも会いたい、記憶はないが父と母も大阪のどこかにいるはずなのだ……そのためにも、ご飯は残さず食べなければ。


 ようし、と意気込みジュースを手に取る。

「エニモニちゃんは多分むせちゃっただけや!私もこれ飲むよ!」

 せいがは一瞬焦ったように来海の方を見たが、来海の真っ直ぐな眼差しを受け止めて、頷いてみせた。……誰に何が起きてもここでは見守ることしかできないのだ、と頭をかきむしりたい衝動に襲われるが、自分も食事を終わらせなければ。


 三人で息を合わせ、そうっとジュースを喉に流し込む。

 エニモニは不安そうな表情で来海を見つめた。


「甘い、にんじんって甘いんやね……おいしい!」

「ああ、オレもこれは好きだな!」

 せいがと来海はエニモニを挟んで談笑した。二人の笑顔を見て、少し元気を取り戻したように口角を上げる。

 ……これは、私の知ってる来海ちゃん、と小声で呟いた。

「え~そうかあ?オイラこれも苦いと思うぞお」

 茶太郎が首を傾ける。来海は「茶太郎くんはホンマに野菜が嫌いなんやな!」と笑った。


 また空気が少し柔らかくなってきたのを感じ、子どもたちの心臓は落ち着きを取り戻しつつあった。


 エニモニを除く三人がコップを空にすると、目の前の黄色に全員が視線をぶつけた。

 メインディッシュとも言える、クリームソース仕立てのオムライス。

 量は小さめのお茶碗一杯分くらいだ。とはいえ、さらっと飲めるジュースや、白菜漬けやカリフラワーなどでサラダという料理を食べたことがあったのに対し、オムライスは完全にはじめての食べ物である。

 ごくり、と喉を鳴らす。

 なんとなくためらいの気持ちが漂う現場に、ニ品の料理を美味しく食べることが出来た来海はにこっと笑ってみせた。

「じゃあ最後のオムライスはくるちゃんが最初に味見してあげる!」

 スプーンの白い持ち手を手に取り、つぷりと卵の層に沈める。意を決してそれを掬うと、湯気に包まれた薄い黄色のご飯がコンソメの匂いを舞わせながら現れる。

 来海は三人に見守られながら、黄色をぱくりと食んだ。


「……おいしい」

 口のなかでとろけてしまう卵とは対照的に、かまぼこのもきゅもきゅとした食感、小エビのプリプリとした噛み心地が楽しい。円を描くようにかかっているクリームソースも、ほんのりチーズの風味がして舌を滑らかに包み込んでくる。……ほんのり緊張していた瞳に、また輝きが灯った。

「おいしいよ、くるちゃんこれ好き!おいしい!」

 はしゃぎながら笑顔をこぼす。その様子を見ていたせいがたちも笑みを浮かべ、目の前のオムライスへと向き直った。

 大丈夫、食べられる……。そう信じ、スプーンを卵の海に沈める。

 三人のなかで一番に口に運んだ茶太郎は、のんびりと感想を口にした。

「オイラ、これもあんまり好きな味じゃないなあ」

 それを聞いた来海は「好き嫌い多いからお子さまや」とからかうように茶太郎の方を見た。


 ーー刹那、来海は声にならない悲鳴をあげる。

 茶太郎の皮膚に、まるで全身に火の粉を浴びたかのように、薄茶色の斑点が広がっていた。

「茶太郎くん、何、それ」

 へあ?と間抜けた声で手のひらをあける。そこにも他と変わらずほのかに茶色い点が見られた。

 自身の異変に今気がついたらしく、目を丸くさせて固まっている。

「なんだこれえ?」


 来海ははっとして周りを見た。

 ……異変が現れたのは、茶太郎だけではない。

 せいがは鼻のあたりを押さえていた。指の隙間から、生ぬるい液体が流れ出る感触がある。

 鼻血だ。

「せ、せいがくんティッシュ!」

「っふ、……おう、さんきゅ」

 エニモニはその様子を怯えた瞳で見つめていた。

 彼の中から溢れてくる色……それが赤色だということに。

 赤色が、彼を苦しませている。

「……でも黄色はいぶきくんの……」

 少女も困惑しながらも、黄色いものを食べても自分に危害はない、と信じて疑えなかった。

 さっきのは気のせい、大丈夫、だって私の知っている来海ちゃんではなかったから……。

 ええい、と勢いよくさじを口に含む。


 エニモニは、オムライスがおいしい、と思った。

 卵の甘さとピラフの塩気のいい塩梅を楽しめる余裕がある。ほっと胸を撫で下ろし、自分は黄色を食べられるからせいがくんの心配をしよう……と首をそちらに向けた。

 その最中、何かぱたた、と水が垂れる音がした。

 おそるおそる床を見ると、自分の頭の影に新しく赤い染みが出来ている。

「……うっ」

 鼻血に続くように、喉からも何かこみ上げてくる感覚。たまらず手に吐き出すと、彼女は顔をひきつらせた。

 ……手のひらに広がる赤。

「や……っ!」

 がぼっ、と咳き込むように手に赤を嘔吐する。身体の内側からじわりと蝕むような痛みが広がる。

 赤色が、私の色が、せいがくんだけではなく、私まで苦しめている。

「あ、ああ……」

 焦点の合わない目をして椅子からがたり、と滑り落ちた。

 机の足にしがみつきながら、ぺたりと座り込んだ全身を震えさせている。

「救急車を呼ぶんだ!」

 外山は事務員に叫んだ。食事会はここで一度中断という判断だろう、慌ただしくなる現場を来海は呆然として見ていた。

 全身に斑点模様が刻まれながら、その皮膚を爪で掻いている茶太郎。鼻血を拭きながらエニモニの背中に手を当てているせいが。そして鼻と口から赤色を垂れ流しているエニモニ。

「……なんで……」

 さっきまで一緒に笑っていたのに。

 一緒に外に出ようって、言っていたのに。

 来海には、今日の色とりどりのご飯が美味しいとしか思えなかった。自分だけが、身体に何も異変が起きていない。そして他の皆は……。

「……ごめんなさい」

 誰に向けたかわからない言葉がぽつりと溢れた。ただとにかく誰かに謝らなければいけない気がした。


 唇を強く噛むと、舌の上に残っていたクリームの甘さに気づく。そんな自分に、ひどく嫌気がさした。



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