8話 不定形、気を使う
分裂体を湿地に残し、モーフは湿地の仲間達を統合したキメラ体に変貌する。逃げた馬の代わりに馬車を牽く為だ。
生き残りの人間達に乗れとの指示を出すと、戦々恐々としながら全員乗り込む。
湿地の皆と半身にしばしの別れを伝え、脅迫済みの4人をグランツ領の近くまで送る。
途中でマドゥの姿に戻り、そこから4人は歩いて帰らせ、モーフはマドゥに擬態し、自分だけ空間魔法の風を使い先に帰った。
目的地は1ヶ月ぶりのマドゥの家だ。
家に帰ると、両親は心配していたのか、顔を見るなりマドゥに抱きついた。お互い笑顔が溢れる。
モーフは両親を安心させる為、家を空けた理由について「突然、魔法のあれやこれやについて思いつき、それを試していて、気がついたらこんなに時間が経っていた」という無茶な事を言ったが、マドゥの両親は魔法に明るくないので、そういうのもあるのかと納得してしまう。
マドゥの代わりに、軽いハンター業をしながら親孝行をする日々、それが数日。そろそろかとハンターギルドで情報を集めていると、入ってきたハンター仲間の男から、グランツ領主の私兵が領内に帰って来たと知る。
「しかもだぜマドゥ。30名以上で行ったのに返ってきたのは師団長含む3人だけらしいぜ!」
「3人?」
確かに別れるまで4人居たにもかかわらず、帰ってきたのは3人だけとの事。
不思議に思い、更に聞くと自決をしたらしいと聞く。
「なんでも、魔物が住む街には帰る場所なんて無いとかなんとか……それも帰ってくる直前の話だったんだそうだ」
「魔物……ねぇ……」
かつてハンターの男が言いふらした情報は噂程度には広がっていた。
「それでその人達は?」
「そりゃあ領主様の所だよ……あ、そうかマドゥはまだ記憶が……悪かった」
「いえ。悪いけどそれは知ってるわ。領主様の私兵だものね」
領主の持つ私兵。言ってみればグランツ兵だ。
そこから出ていた部隊なので、そこに帰るのも当然だった。
だが、今接触すると、グランツ兵が動揺するなり発狂するなりしてしまうのは火を見るよりも明らかだった。
なので窓から外を見て、人間の信仰する神という存在に祈る。どうか無駄な殺生はさせないで欲しい……と。
そこから更に数日。
ハンターギルドのクエストボードから、湿地帯の安全確保の依頼が破棄された。
師団長が尽力したであろう事を思い浮かべ、少し笑顔が漏れる。
そこへ、声がかかった。
何時もギルドに居るとマドゥに声をかけてくる男性だ。
「お? 何時になく機嫌がいいなマドゥ」
「そうかしら? 私、そんなに顔に出る?」
「どうかな? 今までは心ここにあらずって感じだったぜ?」
「んー……」
感情をそのまま表に出しすぎていたのか、ここしばらく、領主グランツの動向が気になっていたのがバレてしまっていた。
「実は、魔法学校の方、受けてみようかなと思って……それが顔に出てたのかもね」
ごまかした。どちらにせよ感情の隠し方もわからないので、これはそのままにしておく。
だが、話した前半部は考えていた一つのことだ。
湿地の方はもう1人のモーフが居るので問題ないとして、こちらのマドゥ個体は人間として暮らしている。
ハンターを続けても良さそうなものだが、それでは人間というものをこれ以上学ぶのは難しくなるので、学校の教師をしてみようと考えていた。
これは以前から言われていたことで、記憶は無いにしろ天才的な魔法の才覚があるので、それだけ教える魔法学校の教員にならないか? という内容の誘いだ。
これに乗ると、マドゥを飼いならそうとしていた人達を無視できるので、そういった理由でこちらを選んだというのもあった。
「教師か……ハンターより稼ぎ良いんだろう?」
「さあね。でも、何より危なくないからね。パパとママに親孝行出来るもの」
笑顔が漏れる。これは本心。
そもそもはマドゥの代わりにと考えていたが、過ごす内にマドゥの両親に愛着が出てきていた。
モーフにとっての人柄の良い人物であるというのも、要素として大きい。
「違いない。俺なんか剣士だから、魔法使い以上に危ないからな。親としては心配だろうさ」
男も笑う。だが、その表情は自信にあふれている。
この男、ハンターを止めるつもりはないであろうことが簡単に伺えた。
「あんたも親孝行しな」
「違いない。となれば行動あるのみだな」
そう照れくさそうに笑い、男は去ってゆく。
早速親に会いに行くようだった。
「せっかちだなぁ……」
そう漏らして、マドゥもギルドから出て、魔法学校の方へと飛んだ。
空を飛ぶ。
他に空間魔法の使い手が居ないので、空にはマドゥ1人だけだ。
下町にあるギルドから実家の方へ、そこから農業地帯を抜け、街へと差し掛かる。
ここが、グランツ領の中心。大して広くもないので、空を移動しているとあっという間だ。
それでも徒歩で移動するとなると1時間仕事になるので、魔法を使えることに感謝をしつつ、そのまま学校にまでゆき、そこでようやく着地する。
休み時間だったのか、グランドに居た学生達は、空から現れたマドゥに対して目を丸くしていた。