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7話 不定形、脅迫をする

 



 魔物連合は圧倒的だった。


 まずそもそも、魔法は声に出す以上、相手は何が来るか判り易い。

 炎の魔法を使うなら炎の魔法の詠唱をするからだ。


 魔法はイメージだ。何も言語を用いる必要はない。

 つまり、言語はイメージを掴むための補助の役割を担っているに過ぎないのだ。

 ならば、獣達も同じことをすれば良い。

 ただし、それは人の言語である必要はないのだ。




 1匹の狼が吠えた。彼は群れのリーダーになる。

 顔の前から出るのは、発動時間こそ短いが燃え盛る火炎。


 往々にして生き物は炎が得意ではない。しかし、苦手なものほど意識しやすいようで、皆、火を扱うのに長けていた。

 だが、練度が低いので、ただ炎が真っ直ぐに放出されているだけだ。

 しかし、人間はそれだけでも面白いように怯む。


「馬鹿な!? 魔法だって!?」

「魔法は神から齎された人類への恩恵では!?」

「怯むな! 尊き大地よ! 我らを護らん! アースウォール!」


 大地が瞬時にせり上がり、炎はそこで防がれてしまう。

 一部冷静な人物も居るようだが、そんなもの、魔物連合にとって大した障害にはならない。

 人間ならまだしも、魔物連合の素体は獣なのだ。人間とは機動力が違う。回り込むのも一瞬だ。

 しかも、空を飛ぶ者も居る。


 鷲達が鳴く。これも炎の呪文。

 間もなく、空からいくつもの火球が降り注いだ。

 人間達はそもそも空を見ていなかったので、その尽くを受けてゆく。


「ぐあぁぁぁぁ!」

「火だ! 空から火が降り注いでいるぞ!」

「消火だ! 火を消せぇ!」

「湧き出る水よ! 其を潤したまえ! ウォーター!」


 人間達の悲鳴の中、水の塊を放出する詠唱が複数なされ、火の一部が鎮火する。

 だが、圧倒的に炎の方が多く、後出しの水でどうにかなるのは一部でしかなかった。


 そこへ土壁を破壊し、巨大な熊が現れるのだから、人間達はいよいよパニックになる。


「熊だぁー!」

「な、く、熊か? 熊だというのか? これがか!?」


 それは身体強化魔法を使って、その身を倍程に膨らませた熊の姿。

 死んだモーフの友達。その母親だ。

 そして、今この中で誰よりも怒り狂っているのも彼女だった。


 熊は他の獣達と違い、物を壊すという事を知っている種族だ。

 そもそも力が強いので、その力を増幅させる身体強化魔法はイメージがし易かったのかもしれない。

 その中でも、とりわけ彼女が扱いに長けていた。




 その彼女が人間の群れに突貫する。

 爪で人間を鎧の上から引き裂き、頭を粉々に噛み砕き、掴んだものがあればへし折り、引きちぎった。

 そのまま彼女の後をモーフが続く。他の皆は周りから囲んでゆく。


 役割分担は簡単だ。

 熊に突っ込ませて、モーフと狼で魔法による後方支援を行うだけ。


 そもそも魔法使いさえ居なければ、剣など熊の肉に入らない。入ったとしても、その剛毛に少し切り傷を入れるくらいだ。

 況して彼女は身体強化魔法を施しているので、多少の打撲程度のダメージしか入らなかった。


 だが弓矢はそうはいかず、これはモーフが空間魔法で風を起こし、軌道を乱してゆく必要があった。




 本当ならばこのような軍団、モーフ1人で片は付く。

 本来の形態に戻って、膨張して皆溺れさせるなり消化するなりすればそれで終わりだ。

 だが、これは湿地を護る為だ。モーフ1人が居なくなっただけでボロボロになってしまう国など国ではない。

 その思いから、心を鬼にし、仲間が傷つくのも承知の上で共闘しているのだ。


 だが、その分サポートに徹する。

 モーフは魔法使いが誰かまでは解らない。

 魔力を持つものでも、魔法を使える者と使えない者が居るのだ。

 なので、詠唱を始めた者を見てから、空間魔法のウインドカッターで口を攻撃する。

 ウインドカッターを始めとする空間魔法は目には見えない為、妨害するのは容易だった。


 先行している熊に、空から降り注ぐ火が燃え移った時は、その体の一部を元に戻し消化した。

 無論他の仲間達の元へも、兎という形で分裂体を向かわせている。

 このため、仲間に火が燃え移ることはあっても、やられることはなかった。

 更には、人間の武器で傷ついてしまった者が居ればそちらへ向かい、無属性魔法のヒールで傷を癒やして周る。


 ヒールは人間には使えない。これは各種族の仲間を食って、その構造を理解したモーフだからこそ可能なモノだからだ。



 モーフ1人が忙がしかった戦闘だが、その甲斐あってか、魔物連合の統率された動きは人間を簡単に蹴散らしてしまった。

 そもそも数も戦闘力も上なのだ。

 勝ちは約束されたようなものだった。




 モーフは、最後に仲間の皆に号令を飛ばし攻撃を辞めさせる。

 人間達は攻撃の手が止んだ事から、少しだがホッとしていた。


 仕上げにと、モーフはその人間達の元へ、マドゥの姿になって歩む。

 相手は生き残っていたリーダー格の男性。


「ひぃ!? 来るな!」


 男は恐れからか腰を抜かし、片手で剣を振りながら後ずさる。


 人間は戦闘でこのような被害を被ることは少ない。

 そもそも戦争でなければ、こんなに人が死ぬことはないのだ。


 しかし、ここは辺境の領地拡大の最前線。人同士の戦争とは無縁の地になる。

 このリーダー格の男も戦場を経験したわけではないので、このような反応になっているのだ。


 少し哀れに思うが、これも宣言した以上は戦争だ。

 勝利宣言をする。


「私達の勝ちですね。今ここで生き残ってるのは貴方含めて4人だけ……でも回復させてあげないと内1人はもうすぐ死にそうです」

「……な、何が言いたい」


 歯をカチカチと鳴らしながら男がそう尋ねる。


「約束してほしい事がいくつか。1つは領地拡大をここで止めて下さい。私はあなた達の事情も知ってるから、他種族を食べる為に殺す事には目を瞑ります」


 男が訝しげな表情になる。

 呼吸は浅く短いが、マドゥの要求に困惑し、少し冷静さを取り戻してゆく。


「だけど、人間は多すぎる。これ以上の繁栄は目に余ります。だからこそ、これ以上増えたり、私達の土地を荒らすと言うなら、今度は容赦はしません」

「それは私の一存では……」


 モーフは男の言葉を遮る。


「死に物狂いでやりなさい。貴方が上の人間を止めなければ、今回のこれが貴方達の街で起きることになります」


 男の顔がゆがむ。その光景を想像してしまったようだ。


 街に居るのは今回戦った私兵達とは違い、非戦闘員が大半を占める。となれば、抵抗するどころか蹂躙の一言で全てが片付いてしまう。

 さらにいえば、男には、目の前に居るどう見ても人間にしか見えない女性が本気を出しているようには見えなかったのだ。それが男の精神を余計にかき乱させた。


 だが、要求はまだ終わらない。


「2つ。私が人間の街に居る事を誰にも話さない事。勿論他の3人にも同じ約束をしてもらいます」

「馬鹿な! お前はこの地の王なのだろう!? 何故我々の元に居ようとするのだ!?」


 明確な敵意を示したにもかかわらず、なお領地に居座ろうとするマドゥの態度に、男は拒否反応を示す。


「貴方もマドゥという人間を知っているでしょう? マドゥには親が居るわ。娘がいつの間にか魔物と入れ替わってたとか知ったら可愛そうでしょう? それに、私は人間全体が嫌いとかそういう訳じゃないんです。判るでしょう?」


 男は項垂(うなだ)れた。

 つまり、慎ましやかに暮せば安息の日々が手に入るという事だ。ただし、街の住人が人質に取られているという条件付きで。

 男は、もう言葉も紡げず、剣を持っていた腕をだらんと下ろして戦意を喪失した。


「最後に……」


 まだあるのかと、男は力なく顔を上げる。


「湿地で私の友達を殺した男だけは許せない。あの男の死を望むわ」

「……聞き及んでいる……だがあの者はクエストを受けてその通りに……」

「関係ないわね」


 言葉を遮る。

 例え依頼をした者が別に居たとしても、実行したのはあの男だ。理屈はどうあれ、モーフはその男を許すことが出来ない。


「……そうか」

「以上、条件はこの3つだけよ」


 宣言を終える。

 男は負けた以上、この条件を飲むしかなかった。


「っ……最大限の努力をしよう」

「よろしい。では、今の3つ。破られたら、今よりもっと強くなった私達が向かうから、覚悟しておいて下さいね」


 それ以降、男は言葉を話さなくなる。

 モーフはそれを見て、死にかけている魔法使いを1人回復魔法で癒やした。




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