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6話 不定形、王になる

 



 自分で飛ぶより、空間魔法で風を発生させて滑空する方が楽だと気づいてからは、体力をさして消耗することもなく飛行できた。


 やがて、しばらくぶりに湿地へとたどり着く。

 相変わらず、沼に近づくにつれ霧が立ち込め、沼が持つ魔力を循環させていた。

 この場所こそが、人間の欲する魔力を蓄える地になる。




 早速、邪魔な服をその辺に脱ぎ捨て、元の不定形の姿に戻り、分裂体と再結合する。

 記憶を共有したことにより、あれから1度、人間のパーティが湿地へ襲撃して来ていた事を知った。

 怒りが半分、仕方のないという諦めが半分。

 人間という生き物をある程度理解したが故と感じる。


 だがこのままというわけにもいかないので、獣達を招集した。

 時間はあまりあるわけではないので、身を5つに分裂させ、各生物の代表と接触して回る。

 代表になるものが居ない種族は適当にした。


 やったことは、魔力を媒介としたイメージの伝達。

 これにより、人間の言語を用いたコミュニケーションが取れるようになった。

 そして事情を説明し、各種族より1匹づつ貢いでもらう。

 彼らも人間の襲来で危機感を持ったようで、交渉にはすんなり……とまではいかなかったが、応じてくれた。




 魔物は貢がれた仲間を食らう。

 皆それを複雑な思いで見ていた。


 食い終わった後、魔物は自らに名前を名付けた。

 何にでもなれ、何者でもないという意味で[モーフ]と……。

 自らの肉体を、狼の俊敏な足、鷲の翼、強靭な熊の頭、筋肉の塊たる蛇の尾を持った、人間と直接戦える存在へと昇華して、モーフは宣言する。


『今日から私が沼地の王だ! 皆! 私に従え!』


 この場に集まった全ての種族から、畏怖と歓迎の声が上がる。

 この瞬間、グランツ領から馬車で南へ3日離れた湿地に王が誕生した。

 同時に、この地は魔法を使えるようになった獣、すなわち、魔物の楽園になる。




 そこから1か月。

 ほぼ全種族がそれぞれ魔法を使えるようになった頃、湿地に人間の集団が押し寄せた。

 馬車が5台に、その外にも人間が30人程という大所帯だ。

 そのどれもが鎧を着ている。ハンターではなく、領主の私兵のようだった。


 モーフは熊の背に腰かけて、マドゥの姿で出迎える。

 すると、人間の集団は隊列を整えたまま停止した。


「何者だ!」


 馬車の中から、リーダー格らしき風貌の男が声を上げる。


「忘却の魔女……と言えば伝わるかしら?」


 部隊が騒つく。


「すると、貴女、いや、貴女様がマドゥ様で?」


 これは強力な多属性魔法使いのマドゥに対してのご機嫌取りだ。

 モーフは、これにもう慣れていた。


「如何にも。この個体はマドゥに間違いありません」


 この言い回しに、相手は首を傾げる。

 だが、それにはお構いなしに言葉を紡ぐ。


「ところで、コチラへは何をしに来られたので?」

「決まっておる。先遣隊はともかく、度重なるハンターを含めた者達が帰らんのだ! となれば、領主様の私兵たる我々が動く他あるまい!」


 行方不明になったハンター達は、湿地に居たモーフとその仲間達という、人間の想像からはあり得ない連合に。そして、個人的に動いた魔法使い達は、街に居た方のモーフに、それぞれ殺されている。


 それをつゆ知らず、男は真剣な顔で胸を張って言い放ったのだ。


 ハンターと比べ、貴族の私兵は数が居る。そこから必然と余裕が生まれるのも道理なのだが、同時に奢りもあった。

 これにより "何故このような場所にマドゥが、それも熊を手なづけて居るのか" という事から気を逸してしまっていた。


「なるほど。それはつまり、我々に対する宣戦布告と見なしてよろしいでしょうか?」

「…………何?」


 男に強い視線を向け、声色を落としてそう言うと、リーダー格の男性のみならず、周囲の兵達が訝しげな顔をする。


「申し遅れました。私ことマドゥですが、つい先日より、この地を守る王になりました。よって、この地を奪おうとする人間とは敵対せねばなりません」

「待て、主は何を言っておるのだ!?」


 リーダー格の男が手を前に出し、マドゥの言葉を制止した。

 だが、マドゥの言葉はもう放たれている。

 聞き及んだ周囲の私兵達の騒つきが大きくなっていった。


「まずお話をしましょう。我々の考えと、人間の考えは違いすぎますので」


 そう言ってマドゥは熊を下がらせ、1人で馬車まで向かう。

 だが、流石に馬車の中には入れてもらえず、そのまま外で立ったまま話をする事になった。

 といっても、一方的に意見を述べただけだ。それを判断するのは、このお偉いさんということになる。




 だが、答はNOだった。


「撤退は聞き入れられんな。あの地には潤沢な魔力が溢れておるのだ。それが目の前にありながら引き下がる者などおらんだろう」


 潤沢な魔力があれば、新たな魔法が開発できたり、魔法の才能に目覚める者が増える。実際にモーフがそうで、湿地の沼地付近に住む皆もそうだった。

 人間からしたら手に入れない等という選択肢は存在しない。それは理解していた。

 故にこうなる。


「では、交渉決裂ということですね」


 答えが分かっていてもしなければいけない儀式だ。プライドといってもいい。

 飽くまで理性的に対話する。

 此方が人間と対等の立場だということを理解してもらうためだ。


「そうなるな。だが、お主は一体何故獣達の肩を持つのだ?」


 リーダー格の男は、少し生えてきた髭を摩り、ようやくここでマドゥに対する疑問を投げかける。


「それは私が……」


 身体を下半身からゆっくりと変貌させてゆく。

 変貌するにつれ、周りの人間の警戒心が増加していった。


「マドゥではなく……魔物だからです」


 変貌が終わる。

 狼の俊敏な足、鷲の翼、強靭な熊の頭、筋肉の塊たる蛇の尾を持った、例の姿へとだ。


『先程も言ったように、私の名前は湿地の魔物達の王。改めまして……名をモーフと申します。では、これより、魔物の王として、あなた方に宣戦布告致します』


 魔力を媒介に声を出し、そう高らかに宣言する。

 初の連合戦だ。気合を入れた。


「な、何をしている! 殺せ! この化物を! 魔物を殺せぇ!」


 リーダー格の男の叫びに我を取り戻したのか、周りの兵士2名が剣撃を放つ。

 しかし、これはモーフの目には遅く映る。


 モーフはバックステップで剣撃を躱し、吠えた。

 同時に湿地の茂みから、この合図を待っていた魔法を使える獣……即ち、魔物になった仲間達が現れる。


『皆ぁ! こいつらは敵だよ! さあ! 皆の実力を見せてやれ!』

「皆の者! 恐れることはない! 集まっていても所詮は獣だ! 魔法使いが居る以上、こちらが有利だ! 畳み掛けろ!」


 魔物の王と、人間の集団のリーダーの号令が響き渡る。

 その時、世界で初めて、魔物という存在が人間に牙を向いた。




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