5話 不定形、決意する
ハンターギルドの駆け出しのパーティ。それに混ぜてもらい、クエストを受ける。
内容は兎狩り。目標は20匹で、場所は近くの岩山。
どうやら、友達以外の生き物はどうでも良いようだった。
「いやあ、マドゥさんとご一緒できるなんて夢のようです」
こう言うのは、このパーティの魔法使いの男性。
魔法学校の上がりたてだ。
「浮かれるなよー。実戦は初めてなんだからな」
「そうだぜ……まぁ、気持ちは分かるけど……」
これは弓使いと、盾持ちの剣士。両方男性。
皆若い。
「君らおっぱい見すぎ。女からは判るからねそういうの」
「え、マジですか!?」
「じゃなきゃこんなこと言わないでしょ」
成年達は皆マドゥに興味津々だった。
半分くらいは女体に対する興味だが……。
だが魔物としては、そもそも種族が違うので、人間のオスから発情されようと大した嫌悪感は沸かない。
「ところで君達は、あのパーティの剣士の事、知らないの?」
「俺らは魔法学校から来たからあんまり……でも、変な噂みたいなのは聞きました」
「噂?」
「なんでも、湿地に、切っても魔法を受けても死なない獣がでたとかなんとか……」
話せるようになってからというもの、逃げおおせたあの男の話をあちこちで聞いていたのだが、どうやら男は都市部にまで行って[魔物]の噂を広めてしまったようだ。
余計な事をされ、少し苛立つ。
だが、それは僥倖にも思えた。
どちらにせよ魔物は居るという事を知らしめねばならないのだ。だとすれば、男が言いふらしているのは寧ろ利点だった。
「マドゥさんもその沼地に行ったと聞きましたけど……本当に?」
「ええ。でも私はその事何も覚えてないの。ごめんね?」
喋りすぎて疑われても困るので、記憶喪失という設定に乗っかって適当に誤魔化す。
そんなこんなしているうちに、岩山へ到達した。
生まれてこの方、このようなゴツゴツした足場に立つのは初めての事だったので、頑張ってバランスを取りながら、兎を探すところから始める。
人間に変化してからというもの、空腹という概念が芽生えた。
これにより狩りは、仲間へと食料を届ける為の行為だと学習する。
よって、これは虐殺ではなく狩りだと知った。
兎達からしたらたまったものではないだろうが、この世は弱肉強食。弱い者は強い者の餌以外の何者でもないのだ。
兎という生き物を見た事が無いため、パーティの後をついて行くのみにとどまる。
やがて山肌に数匹、茶色く耳の長い生き物が目に映った。
先に教えてもらった、兎と呼ばれる生き物と見た目が一致している。
「あれが兎?」
「そうです。あれを狩るんです。今回は食料にするために来ているので、魔法の出番は無いですけどね」
そう言って、弓使いの男が兎に向かって矢を射る。
矢は独特の空気を裂く音を放ち、兎へと命中し、一瞬で兎を行動不能にした。
他のウサギはそれを見て一目散に逃げてしまう。
「良し!」
弓を射った男は小さくガッツポーズするが、魔物は恐ろしい武器に対して眉間にシワを寄せていた。
弓矢。
魔法ほどではないが、殺傷力のある遠距離武器だ。
獣は武器を持たないのを考えると、武器を使う人間という存在は恐ろしいものがある。
何が怖いかというと、素質の無い者でも使えてしまうという点だ。
これでは物量の差で、魔物1人でいくら頑張ろうと、やがて湿地は人に蹂躙されてしまう。
だが、ここでこれを知れたのは幸運と考えた。
これで湿地の皆に危機を知らせることができるからだ。
「それにしても兎って足が速いのね」
「ですね。おかげで見つけては狩り、狩っては見つけを繰り返さないといけないんですけどね」
彼はハハハと笑い、兎の元へ行き、魔法で兎を氷漬けにした。
こうすることで腐りにくくさせるのだ。
人間の最大の武器はその頭脳かもしれないという発想が過る。獣ではこんなことは思いつきもしないだろう。
そう思うと寒気が走った。
この種族は危険だ。そう本能が訴えかける。
大きいうえに数が居る。その上、そのどれもがさらなる繁栄を求めていた。
人間は獣たちのように抑制して生きるということを知らない。
だからと言って滅ぼすというのは、それこそ人間と同じになってしまう。
だが、生き延びるためには獣のままでいると、駆逐されるのも時間の問題だった。
ならばどうするか?
魔物はしばし頭を悩ませ……。
私達は獣のままではいられない。
こう結論づけた。
「ごめんね。私、用事が出来ちゃった。悪いけど、ここで一旦お別れするわ」
「え、でもマドゥさんの空間魔法がないと兎達を持ち帰れないですよ」
そもそもがそういう話だった。
空間魔法が使えるマドゥがいるからこそ、このパーティは運搬道具を持ってこなかったのだ。
「そこは自分達でなんとかして。私、それどころじゃないの。じゃあね」
「そんな。マドゥさん!」
少し引き止められるが、それを振り切ってこの場を後にした。
目指すは湿地。
目的は、皆を獣という枠から解き放つ事。
全てはあの地を守るために。人間に勝つために。
名もなき魔物は、兎を1匹捕食してから、かつて取り込んだ鷲に身を移し、大空を舞った。